エンジェル・ダストA-8
「大河内さん、準備出来ましたよ」
大河内から受け取ったビニール袋の中身を溶液に溶かし込み、試料として検査台に乗せた。
竹野が何かのスイッチを押した。レーザー光が、自動で僅かずつ移動する。
「この先端の針のようなモノで、原子間の力を読み取って画像化するんですよ…」
「先ほど、動いているところも捕らえられるとか?」
「ええ…ただ、1秒間に4コマぐらいですがね。コンピュータで解析すれば可能です」
「なるほど…」
その時だ。据え付けのコンピュータが静かな唸り声をあげ、ディスプレイに画を映し出した。
「どうやら出たようですよ」
竹野の言葉が終わる前に、大河内はディスプレイに喰い付いていた。
「なんだ…こりゃ…」
ディスプレイを見た竹野は、凍り付いた。大河内も身体を震わせた。
(…アイツら…やはり…)
イニシアティブを握った。そう思った瞬間、大河内の脳裏に椛島の言葉がよぎった。
…パンドラの箱を開ける事にな りはしませんか…
椛島は科学者の前に一般人を選んだ。だが、大河内は違った。真実を渇望するためにすべてを掛ける者だった。
彼に、わずかでも椛島のような気持ちがあれば、パンドラの箱を開けることは無かった。
だが、彼は開けてしまった。
「…では大河内さん。私はこれで」
「今日は、遅くまでありがとうございました」
夜。大河内はタクシーに乗り込む竹野に、頭を下げていた。
「竹野教授。今夜の事は…」
「分かっています。私は、“何も見ていないし何も知らない”でしょう」
「ありがとうございます」
鈍い音を残してドアが閉まる。タクシーはノロノロと実験棟を離れて行った。
「さて、私も帰るか…」
大河内は、徒歩で実験棟から大学の出口へと向かいながら、コートの内ポケットに入れた携帯を取り出した。
「ああ、私だ。今から帰るから…」
短い会話で携帯を切ると、彼は歩みを速めた。すべてがクリアになった事が嬉しいのか、ハミングを口ずさんでいた。
それが大河内が生前に見られた最後の姿だった。
翌朝。彼は遺体で発見された。
…「エンジェル・ダスト」A完…