エンジェル・ダストA-5
「では、始めます」
解剖室には新たな分析用テーブルが置かれ、椛島と城之内が付いていた。大河内はその姿を一瞥すると、自分の周りの者に視線を向けた。
「…では、こちらも始めようか」
これまでとは異なる分析方法が進められた。
遺体の各部位から切り取った組織片ををヌクレオチドを用いて培養し、そこから抽出した遺伝子の塩基配列を読み取ることで、ウイルスの存在を確かめる。
大河内の班は内蔵と筋肉を、椛島は骨の一部と脳幹を分析する。
「照明が暗いな。もっとライトを当てて」
「それじゃない!何度言えば分かるんだ」
組織片の採取で何度も聞こえる大河内の声。いつも以上の厳しさに、周りの空気は張り詰めていく。
「今日の教授は、いつになくピリピリしてるな」
「後4〜5日で期限だろ。焦ってるんじゃないのか」
解剖室上に設けられた視察室で、佐藤と田中は解剖室の様子を初日から見続けている。そんな彼らの目にも、今日の大河内は鬼気迫るモノに映った。
すべての目が大河内の指先に集中していた。椛島と城之内を除いて。それはまさに、彼が望むシチュエーションだった。
「教授。お疲れ様でした」
バックシートに深く座る大河内に、昨日までの暗さは無かった。疲れてはいたが、充足感溢れる顔をしていた。当然、佐藤も田中も、その変化に気づいた。
「今日は、ずいぶん神経を使われたみたいですね?」
いつもは良い顔をしない田中の質問にも、表情を崩さず答える。
「ああ、ようやく目処がたったよ」
「…すると、ウイルスの特定が出来たわけですね!」
「そうだな、明日には分かるだろうね」
「素晴らしい!やはり教授は私の憧れですよ」
田中の、手放しの喜びように付き合っていた大河内は虫唾が走った。が、そこを必死にガマンし、
「君は、キャリア官僚のクセに喜怒哀楽を表に出し過ぎるのが玉に瑕だな。もう少し思慮深くなりたまえ。相棒の佐藤君のように…」
たしなめられた田中は、カメのように首を引込めた。
「…すいません」
その途端、大河内は声をあげて笑った。彼にとっては久しぶりの事だった。
やがて、クルマは下りの高速に乗った。車速がグングンと上がっていく。
「君達。すまないが、今日も大学の方へ行ってくれないか」
「今日も…ですか?」
今度は、佐藤が口を開いた。