エンジェル・ダストA-4
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翌日。
いつもの時刻、自宅に迎えに来た黒塗りのセダンに大河内は乗り込んだ。
「では、発車します」
クルマは、ゆっくりと大河内の自宅を後にする。
「教授。昨日は調べモノがあると仰ってましたが、差し支えなければ教えてもらえますか?」
(…やれやれ。どこでも同じだろうが、役人というのは自分の範囲なら何でも知りたがるんだな…)
大河内は、苦笑いを浮かべて話し出す。
「今回の症状と似た症例があったのでね。昨日はそれを照会してたのさ」
田中の顔色が変わった。
「それは、どの伝染病です?」
「エボラ出血熱の亜種だよ。2年前、タンザニアで1度だけあったんだ。その時は、世界中の研究者が不思議がってたがね」
大河内の大嘘に、2人は狼狽えたような顔で互いを見合わせる。
(…やはりな…)
大河内は、心の中でほくそ笑んだ。相手の方から引掛かってくれたからだ。
やがてクルマは高速の乗り口へ向かった。そこから、1時間ほど離れた場所で高速を降りると、防衛省中央司令部に続く並木道を目指した。
いつものように3重からなるゲートを潜り抜け、建物の中に入り最下階に続くエレベーターに乗り込んだ。
「教授。顔色が優れませんが?」
「ああ、調べモノで昨日は遅かったのでね。少し睡眠不足なのだろう」
大河内は、作り笑いを田中に向けながらコートのポケットに手を入れた。そして、その奥に隠された物を確かめる。
彼は真偽を見極めるために“あるモノ”を持ち込んでいた。
「では…」
用意された更衣室に入ろうとドアを開いた時、大河内が佐藤を呼び寄せる。
「椛島君と城之内君を私の部屋に呼んでくれんかね?」
「何故です?打ち合わせなら会議室で…」
「先刻も話したように、亜種の存在を見つけるためチームを2班に分けようと思ってね。
そのひとつを彼らに任せる。だから他の者に情報を与えても混乱を招くだけだ。彼らには事後報告だけでいい」
佐藤は渋々納得すると椛島と城之内を連れて来た。
「教授。何やら手順を変更されるとか?」
「ああ。すまないね、急に思いついたのでな…」
大河内は、部屋のドアが閉まるのを確かめると、小さな手帳を取り出して広げた。
手帳には“この部屋は盗撮、盗聴されている。今から会話は筆読で行う”と書かれていた。
それから15分ほど、3人の激論が静かな空間で繰り広げられていた。
そして20分後にドアが開かれ、中から最初に現れたのは大河内だった。
「すぐに戻るから、皆を集めておいてくれ!」
「何処に行かれるんですか?」
「小用だ!」
大河内は慌ててトイレの方へと駆けて行く。その後姿を追う2人の表情は硬かった。特に“ある物”を託された椛島は青ざめた顔をしていた。
そばに居た佐藤と田中はその変化に気づいたが、単に重責を任されたためだろうと気にも留めなかった。
大河内は、便座に腰掛けズボンのポケットから何かを引張り出した。それは先ほど使った手帳だ。
彼は、先ほど会話で使った分を手帳から破り、さらに細かく破ると便座の中に捨てた。