エンジェル・ダストA-2
「おい、放っておいて良いのか?」
遠ざかる後姿を眺め、田中は佐藤に問いかける。が、佐藤は気にした様子も無く、
「心配する必要は無いだろう。なにしろ、いくら調べても特定は無理だろうからな」
「確かにそうだが…」
「それより、教授が分析を終えた後の対策を練り直そう」
佐藤は、そう言うとクルマのシフトを入れて大学前を後にした。
大学構内。大河内は自分が専攻する細菌、防疫の研究室を訪れた。研究室に入ると、若い研究員が数名実験の最中だった。
「すまないが、間宮君を呼んでくれんかね」
「ちょっとお待ち下さい」
研究員達は慌てて研究室の奥に向かうと、大河内の助手である間宮を呼んで来た。
「教授。何か、ご用ですか?」
「レベル4ウイルスの、詳細なデータを用意してくれないか」
「でしたら、日本防疫学会かCDC(アメリカ疾病予防局)のホームページで…」
(…またか…今じゃ最新情報はすべてホームページだな)
大河内は苦笑いを浮かべた。最新の学問を取り扱う大学教授としてはまずいのだが、彼はインターネットが嫌いだった。
「すまないが、私は文献で確認したいのだよ。用意してくれないか」
間宮は大河内に従い、棚の奥からぶ厚い書類を数冊取り出した。
エボラ出血熱、ラッサ熱、クリミア・コンゴ熱、マールベルグ熱、デング熱。どれも感染率、致死率の高い伝染病だ。
大河内は、その発症例を調べるが、今回の伝染病に該当するようなモノはひとつも無かった。
「教授。こっちは、CDCが発表したレベル4ウイルスに関する症例です」
間宮の言葉に、大河内は驚きの表情を浮かべる。
「間宮君…」
「いやだなあ。伊達に教授の助手を3年勤めてませんよ」
間宮は、照れた様子で書類を差し出した。
大河内は、書類を受け取ると一部の望みを託してチェックしだした。だが、そこにも彼が望むべき情報は無かった。
確かに、人を媒介するうちにウイルス自体、伝染していく過程でオリジナルと異なる亜種と呼ばれる変異体を生み出しているが、それでも劇的な症状の変化は無い。 まして、ウイルス自体が身体から消えて無くなったり、タンパク質が異常に増えたなど聞いた事がない。
言いようの無い不安が大河内を襲った。
「ちょっと出掛けて来る。今日は戻らないから」
大河内は、間宮にそう告げると研究室を出て行った。