燕の旅童話集(全七編)-1
(一)子牛の子守歌 (洋版 ドナ・ドナより)
静かな静かな田舎道を、もう八十に近い長ーいお髭のおじいさんに連れられて、首をうなだれて悲しげに歩く子牛がいました。
おじいさんは、時折子牛を見ては涙をこぼしました。
子牛も大粒の涙をこぼしていました。
道端に咲く名もない花も、おじいさんと子牛のその姿に悲しくしおれきっていました。
すぐ傍らの小川のせせらぎの中では、蛙たちがのどのうがいをしながら、一生懸命美しい声に変えようとしています。
慰めようとしているようです。静かだったこの田園も、その鳴き声で騒がしくなりました。
おじいさんは一歩一歩、市場に続く道を歩いていきます。
子牛は黙ってうなだれて、おじいさんについていきます。
途中で、おじいさんは少年に会いました。
なにやら深刻な顔つきで一言二言話をすると、いくらかの銀貨を少年に渡しました。
少年は、その銀貨を受け取ると喜び勇んで走り出しました。
おじいさんは、少年の走っていく後ろ姿に
「うん、うん」と頷きました。
市場の中を通り抜け、少し離れた場所に牛の屠殺場があります。
おじいさんは可愛い孫の病気を治すために、子牛を売ることにしたのです。
お医者様に診てもらうお金や、高い薬を買うためです。
おじいさんは、神様に何度もお願いしました。
教会に出かけてはキリストやマリア様にお祈りしました。
牧師様にも、話を聞いてもらいました。
しかし、孫の病気は重くなるばかりです。
途方に暮れたおじいさんは、仕方なくたった一つの財産の子牛を売ることにしたのです。
先ほど少年に渡した銀貨は、子牛の代金でした。
子牛も、大好きなマミー坊やのためにと納得しました。
子牛のお父さんもお母さんも、このおじいさんに可愛がってもらいました。
子牛は、今こそ恩返しの時だと思ったのです。
でも、空を自由に飛ぶ鳥たちを見ると、
「自由に空を飛びたいなぁ」と思ってしまいます。
そして、自分の悲運を嘆きました。
でこぼこの道にさしかかった時、おじいさんが優しい声で言いました。
「もう少しだから、頑張っておくれ。」
子牛は、元気いっぱいの声で、
「モー(大丈夫)!」と答えました。
おじいさんは、
「うん、うん」と頷き、子牛の頭をなてであげました。
ようやくでこぼこ道を抜けて、平らな道になりました。
ホッとした子牛が空を見上げると、燕が回っています。
子牛が燕に言いました。
「あんたはいいねぇ、自由で。」
「あんたはいいねぇ。」と、燕は答えました。
「どうしてだい、皮肉かい?」と、子牛。
「あんたはいいよ、頭をなてでもらえて。」と、燕は言いました。
「あんたはいいよ、自由だから。ぼくは、これから売られていくんだょ。殺されるんだ。」と、子牛は涙ぐんでいました。
「それでも、今度生まれてくる時はあんたになりたいよ。」と、燕は言いました。
「ぼくは、あんたに生まれたかった。」と、子牛は答えました。
「でもね、ぼくは誰の世話にもなれないんだよ。お腹がすいても誰も食べ物をくれないんだ。自分で見つけるしかないんだ。あんたは、『お腹が空いたー』って言えば、おじいさんからもらえるだろう。それにね、雨が降っていても風の強いときでも、ぼくは飛ばなければいけないんだ。」と、燕は言いました。
「だけど、あんたは自由だ。どこにでも行けるじゃないか。それに、ぼくはこれから殺されるんだ。」
燕と子牛の口げんかは、いつまでも続きました。