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燕の旅童話集(全七編)
【二次創作 その他小説】

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燕の旅童話集(全七編)-8

(六)夕暮れの会話

それは、とても冷たい朝でした。
私は疲れのとれた体を梢からおこし、大きく背伸びをしました。
空はどこまでも澄んでいて、たった一つの白い雲が仲間をさがして漂っています。
私と同じです。
もう余命のないことに気付いている私には、それが淋しくも思え、またそれが雄々しくも見えたのです。

私は決心しました、行くべき道を見つけました。
大きく羽ばたき、真っ青な空に飛び込みました。
身に当たる風は強くひもじさも手伝って、私の心は普段の冷静さを失っていました。
どんなささいなことにも苛立つ、そんな心境でした。

ですから、真っ青な空をすがすがしく飛んでいる時でさえ、白い雲の雄々しい姿を見たときでも、素直に喜べませんでした。
空気も混じりけのない、とてもきれいなものでした。
何度大きく吸っても、濁りのないきれいな空気でした。

が、人間というものは何と放漫で傲慢なのでしょう。
自分達の利益の為だけに、この真っ青な空に、黒い煤煙をまき散らしているのです。
何とも形容しにくい匂いが、大きな紡績工場からたちのぼっています。

いつもの私なら、そこで働いている織工さん達の間を飛びかって楽しいシンフォニーを奏でるのですが、今日ばかりはそんな気持ちにどうしてもなれません。

それどころか、そんな織工さん達にも少々の嫌悪感を感じました。
彼女達の責任ではないのですが。空気の汚れに耐えきれず、傍らの畑に舞い降りました。
そして、朝露の残った麦穂の間で羽を休めることにしました。

どれ程休んだでしょうか?
いつの間にか眠っていました。
こんなことは初めてです、地上で眠ってしまうとは。
気がつくと、もう辺りには夕暮れが迫っていました。
麦穂の間とはいっても、押し寄せる初冬の寒さからは逃げ切れません。

私は、急いで元の巣へ帰ることにしました。
空は真っ赤でした。
辺り一面、赤インクをこぼしたようでした。
お日様が、山の向こうに見え隠れし
”おやすみ!”と、私に語りかけています。
私も、
”おやすみなさい!”と、返事をしつつ飛び続けました。

と、そのお日様に向かって
”おやすみなさい!”と声をかけている影がありました。
よく見ると、涙をこぼしています。
木の葉も大半が落ちてしまった木の傍で、あかぎれのひどい手で目をこすり、涙を拭いています。
どうやら、さっきの工場の織工さんのようです。
先ほどまで感じていた嫌悪感が、嘘のように感じられません。
その織工さんの涙が、洗い流してくれたようです。

私は、思わず小枝に止まりその織工さんに囁きかけました。
「なにが悲しくてそんなに泣いているの?」
織工さんは、大きな目をパチクリさせて私にこう言います。
「ツバメさん、あなたはいいわね。
いつも、空を自由に飛べて。」

私は思い出しました。
その織工さんのうるんだ目の中に、あの子牛さんの物悲しげな目を。
大の仲良しの坊ちゃんの病気を治すために、屠殺場に売られていった子牛さんを。


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