燕の旅童話集(全七編)-6
(五)青春の囁き
それは、青い空にたった一つ白い雲が浮かぶ、とっても印象深い空でした。
空と地の間を飛ぶこの私が少し気恥ずかしさを覚えるような、そんな清らかな空気が漂っていました。
噴水の公園でのとっても素敵な二人の無言の愛の囁きに感動していた私は、まだ興奮の冷めません。
バラ色にすべてが見えていました。
乳母車の中で泣き叫んでいる赤ちゃん。
その上から、
「ベロベロバァー!」と、何とかご機嫌をとろうと悪戦苦闘のお父さん。
「キャッ、キャッ、」と空に舞う白いボールを追いかけている学生さん。
ポプラの木陰では二・三人の女学生が、めいめいに本を広げて読みふけっています。
すがすがしい朝です。
でもそんな中で、たった一人、黄色のブラウスに黄色のスカートを身につけたお嬢さんがいます。
今にも泣き出しそうな顔です。
遠くの角を見ています。
手に白いハンドバッグを持ち、白いヒール靴で石ころを蹴とばしています。
本当に悲しそうな顔です。
何と意地悪な天使でしょう。
どこかで笑い転げながら見ているに違いありません。
「お嬢さん、どうしました?」
私でさえ思わず声をかけたくなるのに、天使たちときたらまるで知らぬふりです。
「だーれだ?」
大きな大きな手の平がお嬢さんの顔をおおいました。
所々に青や赤のシミがあり、清潔とは思えません。
髪も手入れがなく、寝起きのまま、そんな感じです。
顔も赤黒く、洗顔をしているのでしょうか。
でも目の輝きの美しさが印象的でした。
それに、ヨレヨレではありますが真っ白いTシャツが印象的です。
大きな手から、インクのにおいがします。
レモンのような甘酸っぱさでした。
「ごめん、ごめん。
電車に乗り遅れちゃった。
昨日は遅くまでの残業でさ。
午前だったんだ、アパートに戻ったのは。
怒ってる?」
でもお嬢さんはうつむいたままでした。
お嬢さんの目から大粒の涙がこぼれています。
しばらくしてお嬢さんの声が、かすかに私に届きました。
「私、先生に叱られたの。
成績が落ちてるって。
男の子との交際はやめなさいって。」
お嬢さんは顔を小さな手でおおって、激しく泣き出しました。
青年は、ただ黙って後ろからお嬢さんをやさしく抱きしめました。
しばらくの間、ふたりは無言でした。
青年の動揺しているさまが伝わってきます。
お嬢さんのすすり泣きは続いています。
青年の悲嘆にくれた声が、お嬢さんの耳元にささやかれました。