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伊藤美弥の悩み 〜受難〜
【学園物 官能小説】

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高崎竜彦の悩み 〜恋語り〜-2

なんてあれこれ考えつつ片付けをしていた俺は、思考に耽ってぼーっとしていたせいで、その呼び声に気付いていなかった。
「……ん。高崎さん!」
「……ん?」
 呼び掛けてきた彼女の方へ、俺は振り向いた。
 最近入った見習いソムリエール、待山佳奈子(まちやま・かなこ)さんだ。
 二十四歳という年齢を若いと感じるのは、年を食った証拠かね。
「あぁ、何?」
 愛想が良くも悪くもないごく普通の調子で問い返すと、待山さんは小首をかしげた。
 メープルブラウンに染めたショートヘアが、さらりと揺れる。
「ですから……今晩は何か、予定はあります?」
「いや、ないけど……」
 待山さんの顔が、ぱっと輝いた。
「じゃあ、飲みに行きませんか!?」
 ……はぁ。
「飲みに……どこへ?」
「この間できたばかりの、『樹里』っていうバーがあるんです!雰囲気いいし、くつろげるんですよ!」
 ……はぁ。
 まあ……予定がない訳だし、龍之介と美弥ちゃんをしばらくいちゃいちゃさせといてもいいか。
「了解。そんじゃ、仕事上がったら行こうか」
「はい!楽しみにしてます!」
 待山さんは物凄く嬉しそうに頷いて、俺から離れていった。

 ドサッ

「うをっ」
 背後からいきなり抱き着かれ、俺は小さく声を漏らす。
「何だ、宮子か」
 俺に抱き着いていたのは、ウェイターの宮子淳(みやこ・あつし)。
 俺がここに勤め始めてから知り合った男なんだが、同い年のせいもあるのか妙にウマが合い、けっこう仲良くしている間柄だ。
「いよぅ。イ・ロ・オ・ト・コ」
「はぁ!?」
 えらく皮肉っぽい宮子の台詞に、俺は片眉を跳ね上げた。
「待山さんと、仲がおよろしくていらっしゃるじゃないか」
 あぁ?
「馬鹿言うなよ。単に飲みに行く約束しただけじゃないか」
「ッか〜〜!分かってない男はこれだからッ!」
 俺から離れた宮子は、わざとらしく手を広げる。
「端から見てりゃ、どう考えたっておデートの約束してるんじゃねえか!」
「……そうか?」
 いや、本気でそうなのか?
 そう思って尋ねた訳だが、宮子は俺の答がお気に召さなかったらしい。
 面白くもなさそうな顔で、俺を見やがる。
「男と女が約束して会うっつーのは、世間様一般では普通おデートと呼ぶんだよこぉのヴォケ!」
「おぉ、そうか」
 納得した俺の言葉に、宮子はがっくりうなだれた。
 いやだって、ここ五〜六年ばかり恋愛沙汰とは無縁の生活を送るように心掛けてたからなぁ。
 気付かなかったもんだからあっさりOKしちまったが……はてさて、何事もなけりゃいいがね。


 待山さんの言うバー『樹里』とやらは、レストランから歩いて十分ばかりの所にあった。
 多くても十五人くらいしか入れないくらいの店内は、木のぬくもりと柔らかな照明が溢れている。
 テーブル席が埋まっていたので俺と待山さんはカウンター席のスツールへ陣取り、バーテンに飲み物を注文した。
 俺はドライマティーニで、待山さんは赤ワイン。
 フランスの有名なシャトー何たらの当たり年と言われるウン十何年物との事だが、俺はさっぱり分からなかった。
 俺の仕事はディナーを締め括るデザートを作る事であって、それ以前に飲まれるワインの銘柄は個人的にどうでもいいんだ。
 世の中には、客が何を飲んだかまで把握しちまうパティシエがいるかも知れないけどな。
 だから、待山さんからカベルネ・ソーヴィニヨンがどうのとかテロワールがこうのとか嬉々として説明された所で、正直な話分からない。
 細かい理屈は抜きで、飲んで美味けりゃいいじゃないかというのが、俺のスタンスなんでね。
「待山さん、本当にワイン好きだねぇ」
 だから一通りの講義を聞いた俺は、そう言うしかなかった。
 赤ワインのグラスを傾けていた待山さんは、嬉しそうに頷く。
「ええ。ワインって、知れば知る程に奥が深くて面白くて!」
 へ〜……。
「高崎さんは、ワインはお好きじゃないんですか?」
 俺はドライマティーニを片付け、今度はギムレットを注文した。
「う〜ん……まぁ、酒の銘柄にはこだわりがないからなぁ」
 美味いのが飲めさえすれば、の話だけど。
「……これ、ちょっと飲んでみません?美味しいですよ」
「ほほう」
 待山さんの差し出した赤ワインのグラスを受け取り、俺は一口分だけ口に含んだ。
 口腔に広がる、色々な香味。
 葡萄にプラムといった種々のフルーツに、ハーブかスパイスのニュアンス。
 甘さと爽やかさが絶妙にブレンドされて、喉を滑り落ちていく。
 ……確かに美味かった。


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