伊藤美弥の悩み 〜初恋〜-13
何だかやましそうなその態度に、美弥はすぅっと目を細める。
「一体、何をしたの?」
龍之介は横目で美弥の様子を窺い……思わず逃げ出した。
「あ、こらっ!」
龍之介が部屋から脱出する寸前に、美弥は抱き着いてそれを阻止する。
「……教えて!」
背後からの声に、龍之介はため息をついた。
「寝ぼけてるから大丈夫だと思って、白状したのになぁ……何でこんな時に限って、寝起きにしっかり目が覚めてるんだ」
そう呟いた龍之介は、美弥の腕を振り解く。
「殴った」
「……!」
その一言に、美弥はびくりと震えた。
「紘平は、抵抗しようともしなかった。ただ、終わらせた時に……これで美弥にした事を償えるのかって、聞かれた」
「そう……」
自分や自分の近しい者へ敵対する輩には言動が非常に攻撃的になるという、龍之介の……いや、巴から受け継いでいるのであろう性癖を知る美弥は、その言葉に頷くだけで済ませる。
「僕が直接何かされた訳じゃないから、それには答えられない。赦すも赦さないも、裁定を下すのは……美弥、君自身だ」
龍之介は振り返り、美弥を見た。
美弥はうつむき、唇を噛み締めている。
「……うん」
龍之介はうつむいた美弥の髪に、キスを一つ落とした。
そのキスで紘平と対面する勇気を貰った気がして、美弥は大きく頷く。
「……あ。」
大きく頷いた美弥だったが……次の瞬間、間抜けな声を出した。
「私、高遠君の連絡先……知らない……」
部屋へ直接乗り込むのは躊躇われ、美弥はそう言って龍之介を見る。
言われた龍之介は、美弥の頭を撫でた。
「僕が知ってる。今から、呼び出そうか?」
龍之介が紘平の携帯へメールを送ってからすぐ、紘平は高崎家を捜し当てた。
ピンポーン……
ドアチャイムが鳴り、龍之介が応対に出る。
「はい」
ドアを開けた龍之介は、緊張した面持ちの紘平を発見した。
「……いらっしゃい」
僅かに体を緊張させた紘平を見て、龍之介は肩をすくめる。
「もう殴らないから、安心していいよ」
それを聞いた紘平は、少し表情を緩めた。
「あ〜、その……美弥、おるか?」
その言葉に、龍之介は頷く。
「上がって。玄関先でするべき話じゃない」
「……せやな」
紘平は頷き、高崎家に上がった。
「待ってて。今、呼んでくる」
リビングに通された紘平はソファに座り、龍之介が美弥を呼びにいくのを黙って眺めていた。
程なくして、美弥がリビングまでやってくる。
美弥は龍之介の背に身を隠し、やや怯えたような目で紘平を見た。
「高遠君……」
他人行儀な呼び方に、紘平は眉を歪める。
「美弥、俺……すまん!」
紘平はその場に膝を落とし、躊躇う事なく土下座した。
「謝った程度で赦して貰えるなんて、思われへん。せやけど俺、とんでもない真似……」
紘平の言葉は、笑い声に遮られる。
他でもない、美弥当人の笑い声だ。
「……?」
紘平は顔を上げ、美弥の様子を窺う。
「ご、ごめん……不謹慎で……」
目尻へ涙を溜める程に笑った美弥は、龍之介を小突いた。
小突かれた龍之介は、あらぬ方向へ目を逸らす。
「春先にもおんなじ事言われたもんだから……つい、ね」
美弥のその言葉に、紘平は目を剥いた。
「何やて!?」
龍之介は指先で、ぽりぽり頬を掻く。
「春先に、美弥が浮気したと思い込んで……傷付けて、泣かせた事がある」
そして、正直に告白した。
「結局、誤解だと分かったんだけど……僕はその時、言ったんだ。誤解から傷付けた事は、謝った程度で赦して貰える程に生易しいものじゃないって」
驚いて、紘平は目を丸くする。
まさか同じような事を、龍之介がしていたなんて。
「……龍やんに」
そして、美弥に向かって言った。
「龍やんにすらできん事を俺ができるはず、ないやんか……美弥。俺、どうすれば赦して貰えるんや?」
言われた美弥は躊躇ったように龍之介を見上げた後、するりと紘平に近付く。
「瀬里奈を見て」
紘平の手を取り、美弥は言った。
「私じゃなくて、瀬里奈を見て。今、紘ちゃんの彼女は私じゃなくて瀬里奈なんだから……」
紘平は驚き、美弥の顔を凝視する。
美弥が再び、『紘ちゃん』と呼んでくれたのだ。
「この呼び方も、これで最後。友達の彼氏をいつまでもこんな風に呼んでたら、瀬里奈に悪いもんね」