伊藤美弥の悩み 〜初恋〜-12
「赦して貰えんと、思うとった。瀬里奈……やり直す機会を、俺に与えてくれるんやな……」
瀬里奈は、ふふと笑う。
「こんな心の広い女に、感謝しなさいよ?」
「ああ……」
紘平は、僅かに頭を動かした。
どうやら、頷こうとしたらしい。
「スマン……俺……」
「もういいわ」
瀬里奈はうつむく。
「あたしもに精算……いや、贖罪かな?あんたに言わなきゃならない事があるから」
紘平は、目を剥いた。
「何をや?」
まさか瀬里奈に秘密があるとは思ってもみなかった紘平は、咳込みつつ様子を窺う。
「あたし、ね…………あんたを赦せる程に綺麗じゃないし、あんたの傍にはふさわしくないわよ」
瀬里奈は、寂しげな笑みを浮かべた。
「当ててみて?あたしが昔、何をしていたか」
問われた紘平の脳裏に、人から非難されそうなやましい行動が何個か、思い浮かぶ。
「寝取りは……やってたんやな。ほな、援助とかいじめとかか?」
「外れ」
他にも出した紘平の予測は、いずれも外れた。
瀬里奈は、ふぅっとため息をつく。
「…………あたし、ね……不倫、してたの。さっき言ってた男が、その相手」
「……何やて?」
僅かにいかめしい顔をした紘平だったが、すぐに眉間へ皺を寄せて咳き込んだ。
龍之介に殴られた痛みは多少引いてきたものの、まだ全身が軋む程に痛い。
「美弥、愛されとるなぁ……」
瀬里奈にすら聞こえない声で、紘平は呟く。
はたして美弥をあそこまで無防備に変えてしまった龍之介と同じくらいに、自分は瀬里奈を愛せるだろうか?
心も体も慈しんで、あれ程堅く結び付けるだろうか?
答は……始まったばかりで、まだ分からない。
不安げな顔をしている瀬里奈へ、紘平は告げる。
「瀬里奈……本当に、すまん。俺、今から美弥に謝って……いや、土下座してくるわ。その程度で赦して貰えるとは思われへんけど……でも、やらんと贖罪できへん」
家まで帰ってきた龍之介だが、自分の部屋では美弥がまだ眠っていた。
――あまり長い時間放置した事はないが、たぶん構わずにほうっておけば一日中でも寝ている程、美弥は睡眠好きである。
肌が滑らかで触り心地がいいのは、そのせいかも知れない。
好機と見た龍之介は枕元に置いていたメモを握り潰してごみ箱に捨て、睡眠を貪り続ける美弥を起こしにかかった。
「美弥……みーや」
名前を呼びながら、体を揺さぶる。
「んゃ……」
むずかりながら、美弥は寝返りを打った。
「ほら、起きて」
「ん〜」
ころんと丸まって睡眠を貪り続けようとする美弥を、龍之介は揺さぶる。
「あん……」
脳ミソはともかく意識がやっぱり起きたくないらしく、美弥は色っぽい声を出して龍之介を誘惑した。
「……」
何度経験しても慣れない美弥のしどけない寝姿に、龍之介は喉を鳴らす。
「……美弥……起きてくれぇ」
さらに揺さぶった龍之介だが……次の瞬間、大きく呻いた。
眠る美弥が手を伸ばし、龍之介の手を掴んでそこへ導いたのである。
むにょんっ
ボリュームのある膨らみが二つ、龍之介の手の平へ収まった。
「うああああぁ……」
龍之介は必死で理性を搾り出し、胸を揉みたくなるのを堪える。
「くそ、やらかい……揉みたい〜」
あぅあぅと狼狽しながらも、龍之介は声を張り上げた。
「美弥、起きて!」
「んにゃ〜……」
睡眠中の美弥は微笑み、掴んだ手をますます胸へと押し付ける。
「………………」
実は美弥は起きていて、自分をからかっているのではないだろうか。
美弥を起こす際、龍之介は時々そんな思いに襲われる。
「美弥ぁ……」
情けない声で、龍之介は呟いた。
下半身は、とっくに降伏している。
上半身は、しぶとく抵抗していた。
「ふにゅ……」
龍之介は、美弥の耳元に口を近付ける。
そして……すうっと、息を吸い込んだ。
「起きろっっ!!」
肺から空気を絞り出すようにして、龍之介は声を張り上げる。
「んにゃっ!?」
大音量に驚いてか、美弥はようやく目を覚ました。
「……ほえっ?」
美弥は少しして、自分が龍之介の手を鷲掴んで胸へ押し付けている事に気付く。
「手、離してくれない?」
落ち着いた声で龍之介が言うと、美弥は慌てて手を離した。
内心で胸を撫で下ろし、龍之介は告げる。
「紘平のとこに、行ってきた」
美弥の表情が、微かに曇った。
「……何か、言ってた?」
龍之介は頷き、説明をする。
「あまり詳しくは聞かなかったけれど……後悔はしてた、みたいだ」
なかなか微妙な言い回しに、美弥は首をかしげた。
詳しく『聞け』なかったのではなく、詳しく『聞か』なかったのである。
「……龍之介」
たしなめるような美弥の口調に、龍之介は視線を逸らした。