エンジェル・ダスト〜Prologue〜-1
都心からわずかに離れた場所。数万坪からなる広大な敷地に、規則正しく並んだ緑や広い通路。
その通路の先に建つ、4棟の校舎。そのひとつ、研究棟と書かれた建物は敷地の西隅にひっそりと建っていた。
そこに、2人の男が訪ねて来た。男達は短く整えられた髪型に深い色のサングラスを掛け、ダークグレイのスーツ姿から霞ヶ関の高級官僚を想像させた。
「初めまして、大河内教授。私共は防衛省研究所から参りました」
大河内と呼ばれた男は、狭い研究室の隅に置かれた応接セットに腰掛け、さし出された名刺と男達を交互に見つめる。
ひ弱そうな2人と、防衛省とがすぐには結びつかなかった。
「佐藤に田中さんですか…名は示さないのかね?」
「その辺はご勘弁を…私達は様々な制約の中で生きていますから」「そのサングラスも?」
「ええ。規則から顔を知られるのも禁じられてまして…」
佐藤の言った言葉が、大河内には重く感じられた。
「実は教授。私は以前、教授の講義を拝聴した事がありまして」
唐突に田中が口を開いた。その口調は、佐藤とは対象的に明るくアグレッシブだ。
「君は、私の教え子だったのかね?」
「いえ。教授がまだ常北大学で教鞭を取られていた時期に、こっそり伺ったのです」
「あの当時は、まだ大した研究もやってなかったがね」
「とんでもない!私にとって教授は、雲の上の存在でした」
好ましい話でないと感じた大河内は、軽く咳払いして話題を変えた。
「ところで、私にどのようなご用件かな?」
「そうでした!つい、教授とお会いした事で、本来の目的を忘れるところでした」
大河内は、田中の鼻に付く言い回しに眉をひそめた。
その変化に気づいた佐藤は、彼の前で両手を着いて頭を下げた。
「教授。どうか彼の失言を許してやって下さい。田中は、細菌、防疫学の権威である貴方に会えるというので、少々、興奮してるのです」
「なるほど…」
大河内の顔に、穏やかさが戻る。それを見た佐藤はホッとした様子で言葉を続けた。
「実は、今日伺ったのは教授に私達を助けて頂きたいと思いまして」
「いったい、私に何をやれと?」
大河内の疑問に佐藤は言葉を詰まらせ思考を巡らせた。そして、ひと言々を選ぶように語った。
「…教授。どうか、この事は内密でお願います」
「ちょっと待てよ」
佐藤が喋ろうとした時、田中が慌てて制した。
「権限も無いオマエが教授に話して、もし仮に断られた場合、責任を取れるのか?」
田中は、話を進めようとする佐藤を止めようとした。
しかし、佐藤は田中を見据えると強い口調で反論する。
「守秘義務違反でオレのクビが飛ぶくらい大したコトじゃない。しかし、今回のプロジェクトには大河内教授の参加は不可欠じゃないのか?」
「た、確かにそうだが…」
「それに、仮に断られたとしても、教授は秘密を漏らすような方でないのはオマエの方がよく知ってるだろう」
佐藤は、そう大見得を斬ると再び大河内を見て話を進めた。