やっぱすっきゃねん!VC-1
「シュウ!行くぞ」
グランドの外野フェンス隅。ボールを持った直也が声を掛ける。
「ハイッ!どうぞ」
そこから離れた場所。修がグラブを上げて応えた。その距離、約60メートル。
数歩、後に下がった直也は右足で大きく地面を蹴りだし、左足の着地と同時に腕を強く振る。
「ハアッ!」
力強い声が吐き出された。
放たれたボールは低い軌道を描き、修の元へと飛んで来た。
「うあっ!」
思っていた以上の伸びに、修は後方に下がってジャンプするが、ボールはその上を飛んで行った。
「シュウ。ホラッ」
修の近くで上級生の打球を待つ同級生が、ボールを拾って投げ返してくれた。
「ありがと!」
修はボールを受け取ると、直也に向かって返球する。
(…やっぱり凄いや直也さん。オレなんかじゃ山なりだもんな)
直也の勢いあるボールに、修はただただ驚いた。
事の始まりは、佳代と一緒に光陵高校野球部を訪れた翌日。全体練習を終えた直也が監督の永井に直訴した。
「なに?自分で調整を」
永井は困惑した。もう1度ピッチングを作り直したいというのだ。
「具体的に、どうやり直したいんだ?」
不安を募らせ、永井は訊いた。すると直也は、ひと言々を確かめるように口にする。
「走り込みと投げ込み…特に、遠投を増やしたいんです」
「トレーニング・メニューは藤野コーチが考えて下さったモノだ。それに、大会まで2ヶ月あまりしかない。
おまえは、それでも変えたいと言う。何のためにやるんだ?」
「…自分を取り戻すためです」
その目には、ある種の悲壮感が漂っていた。永井は仰ぎ見たままアゴヒゲを撫で上げた。
(勝てない事でなんとかしたいという思いは分かる。が、下手するとオーバーワークで故障しかねない…)
思案した永井は、ある結論を出した。
「ヨシ、直也。許可する」
その瞬間、直也は顔をパアッと輝かせた。
「あ、ありがとうございます!」
「ちょっと待て。但し、条件付きだ」
手離しに喜びをみせる直也に対し、永井は釘を刺す。