やっぱすっきゃねん!VC-8
「ヨシ!ライナーが出た」
永井は、7番森尾とライナー稲森にサインを送る。
(バントの構えで待てか…)
森尾はヘルメットのつばを軽く握り、打席に入ると低い体勢でバットを正面に構えた。
東邦のピッチャーがセットポジションを取る。稲森はジリジリとリードを広げる。
(さあ、牽制投げてこい。タイミングを測ってやる)
牽制にも各ピッチャーによって投げるタイミングやクセがある。稲森はそれを掴み、盗塁のチャンスを増やそうと考えた。
ピッチャーが稲森を見つめ、大きく息を吐いた。わずかに肩が動く。
(…さあ、どっちだ…)
瞬間、ピッチャーはホームを向いて素早いモーションで投げた。ファーストとサードは、ダッシュしてバントに備える。
森尾は、ボールが当たる直前でバットを引いた。稲森も、数歩、走る仕草を見せてベースに戻った。
「ボール」
初球は内角高めのボール球。森尾が再びベンチを見ると、永井のサインは、同じ“待て”だ。
再びバントの構えをする森尾。ランナー稲森も慎重にベースを離れる。
(次は牽制しろよ)
その距離、約2メートル半。飛び込めばギリギリ戻れる距離。
ピッチャーはジッと稲森を見つめる。
大きく息を吐く途中、軸足がプレートから離れる。
稲森は、半身を捻り深く曲げた足を一気に伸ばしてベースに飛び込む。
ピッチャーは素早く1塁に牽制するが、わずかの差で間に合わない。
(ヨシ…タイミングは見極めた)
ユニフォームについた土を叩き落とし、再びリードを取る。
ピッチャーは一転、普通のモーションで投げた。今度は真ん中低め。だが、森尾は再びバットを引いた。
「ボール」
低めの微妙な球だが、主審の手は上がらない。2ボールとなり、永井のサインが“ゴー”に変わった。それを見た稲森は、リードをわずかに狭めた。
ピッチャーが息を吐き出した。顔がホームを向いた瞬間、稲森は右足に体重を乗せて左足を一気に伸ばす。
ボールがピッチャーの手を離れた。外角低めの真っ直ぐ。森尾はバットを押し出す感じでバントした。
しかし、打球の勢いを殺せず、ダッシュしてきたファーストの正面に転がった。
「ヨシ!併殺だ」
ファーストはボールを掴むと、素早い動きで2塁へ投げようとした。が、盗塁並みのスタートを切っていた稲森は、2塁の手前まで走っていた。
「クソッ!無理か」
ファーストは仕方なく、セカンドがカバーに入る1塁に送球した。
「これで2アウト2塁、ヒットなら先制出来るかも…」
ベンチの佳代は、次の展開が気になってしかたがない。