やっぱすっきゃねん!VC-6
「ああ〜、惜っしいなあ」
佳代は、嘆き声をあげて浮かせた腰をベンチに降ろす。打球音と打球スピードを見た瞬間、“先制だ”と思ったのだろう。
「1回で14球か。まずまずかな」
佳代のとなり、直也はグランドを見つめながら初回の攻撃に納得しているようだ。
「なんで?先制のチャンスを逃したのに」
直也の言い分が分からない佳代は、怒ったような口ぶりだ。
「先制出来れば言う事ないさ。でもな、次を考えれば初回の攻撃はムダじゃねえんだ」
諭すような直也の口調に、思わず佳代は聞き入る。
「野球は9回…まあ、オレ達は7回だが、その中で、いかに相手を見極めて自分達の野球をやれるかで勝敗が分れる。
だから、相手ピッチャーの球数を増やすのも攻撃のひとつさ」
「ああ…それで」
「そう。東邦のピッチャーは初回に14球投げた。普通、球数を放らせると言うと3回で50球位だから、まずまずと言ったんだ」
“どんなスポーツでも同じだが、野球には感性が必要だ。感性に乏しいヤツは向いていない”
佳代が以前、一哉に教えられた言葉だが、当時は意味が分からなかった。しかし、今は理解出来るようになった。直也の言葉はまさにその通りだ。
「ウチは淳で2巡、4回ぐらいから3人使う。ヤツらはエースを出してきた。
おそらく5回まで引張るだろうから、沢山投げさせればオレ達の勝ちだ」
直也の言葉に、佳代は感心したように頷くとマウンドに目を移した。
初めての先発に、淳は黙々と投球練習を繰り返している。
(さて、達也はどんなリードをみせてくれるかな)
センター後方に居る一哉は、他人事のように試合を見つめていた。ストレート、フォーク、チェンジアップ。3種類しか持ち球がないピッチャーを、いかに有効に使うのかを確かめようと。
1番バッターが左打席に入る。
(さすがにベスト8だな。根性有りそうな面構えだ)
達也のサインを見た淳は驚いた。真ん中へのチェンジアップだ。
(それじゃ、打って下さいって言ってるようなモンだ!)
淳は首を振った。が、達也はあくまで同じ球を要求する。
(心配すんなって。コイツには、まともに振らせねえよ)
強引な達也に淳は折れた。
セットポジションから、上下動の少ないフォームで右腕を強く振り抜いた。