やっぱすっきゃねん！Ⅲ④-11
「そろそろ抑えが効かなくなってきたか…」
センター後方に居る一哉は、東邦のピッチャーが投球数増のために、握力や肩のスタミナが低下していると察知した。
それでも森尾は、ボール球は打たないようにした。すると、ピッチャーは根負けして、
「ボール、フォアボール」
四球を与えてしまった。森尾が１塁へと走ろうとした時、三度、永井が動いた。
「２４番の代打に１番、それと６番の代走に４番」
森尾の代わりに和田がランナーに出て、加賀の代打に直也がヘルメットを被った。
加賀は、何か言いたそうなのを飲み込んで直也に声を掛ける。
「ナオヤ、頼むぞ」
「ああ、オマエの分まで打ってくるよ」
直也は数回、素振りを繰り返すと打席へと向かった。
その後姿を見つめてから、加賀はベンチに戻った。
（やっぱり。あのチャンスをモノにしないと…）
加賀は奥歯を噛み締めた。
（つなげ…つなぐバッティングだ…）
ピッチャーは必死にボールを抑えようとするが、すべての球種が高めに抜けてしまい直也を歩かせてしまった。
ノーアウト２塁、１塁となった時、東邦ベンチがタイムを取った。
「ピッチャー、１番と１０番を交代」
伝令と共に、３塁側ブルペンで投げている２人のピッチャーの内、手前の選手がマウンドに駆けて来る。
うなだれたエースからボールを受け取ったのは、左ピッチャーだった。
（まいったな…私の打順で左ピッチャーだなんて）
佳代は渋い顔をしながら、左のサイドスロー・ピッチャーのタイミングを測る。
「バッター・ラップ！」
左打席に入った佳代は、いつもよりわずかにホームから離れた。
（おそらく、決め球は外だ。踏み込んで…シャープに…）
キャッチャーは内角低めを要求する。ピッチャーはセットポジションに入った。
短い静止の後、右足を上げずに前方にステップして真横から腕を振った。
佳代も、狭いスタンスから前に身体を移動させ、右足をホーム側に踏み込んだ。
（アッ！）
佳代の狙い球とは逆に内角へのボールが来た。見逃すつもりだったが身体が反応した。
バットを持つ手を折りたたみ、腰を回転させる。右肩を開かず、インパクトの瞬間に右手を強く握り、テニスのバックショットの様に振った。
乾いた打撃音を残し、打球は高くライトのライン際に舞った。佳代は行方を見ながら１塁へと走る。
打球の伸びから、ライトはフェンス際まで必死にバックする。そして、金網フェンスをよじ登り、グラブを伸ばす。が、わずかに届かなかった。
塁審が右手を回した。
「アイツ、打ちやがった…」
１塁ランナー直也の足が止まった。それだけでなく、ベンチやファイルゾーンや金網越しに見ている、青葉中部員すべてが唖然とした。
それは、佳代本人も同じだった。