『LIFE LINE』後編-8
「たぶん、君なら県内の私大なら今すぐ受けても大丈夫でしょう。でも、東京とかならまだ狙える所はたくさんあります。勿論、成瀬君次第ですけど」
そこまで言って、坂本は試すような視線でこちらを見た。
そう、僕は試されているのだ。遠回りに、もっと高いレベルを要求されている。
坂本は僕を買っているみたいだったが、同時に、自分の思い描く青写真を押し付けようとしている。
それがこちらの癪に触った。
「悪いけど、興味ないんですよそういうの」
坂本は、一瞬何を言われたのか理解できないといった顔をした。
それもその筈。
坂本にとって僕は単なる生徒というステータスなのだから。
外見は模範的な優等生だとしても、その本質を見ようともしない。
つまり、坂本にとって僕らは道具。
まして道具が自分の意見を持つなんて夢にも思わないだろう。
「坂本先生は僕のことをいたく買い被っているみたいなんで、この際はっきり言っときますけど、僕は進学なんてどうでもいいんです。ただ周りの連中や、父親の納得するだけの結果が得られればそれでいいんです。清新大はあくまでその許容範囲の最低ランク。それ以上はただの不毛でしかない」
「…………」
坂本は何も言わなかった。
喉がつまり、言い返す気力もなさそうだった。
僕はそこで気づいた。坂本はただ、無知だっただけなんじゃないだろうか。
ただ純粋に生徒の為を想って、より良い大学に推薦してやることが正しい道だと信じていた。
その視野の狭さは、ある意味呆れるくらい無垢な少年のようで、打算と諦観のみで生きている僕には、少しだけ羨ましくもあった。
家に帰り着くと、夕食の時間に近かった。
キッチンの前に立つ明菜と言葉を交わし、部屋に戻ろうとした所で声をかけられる。
「お兄ちゃん」
「何だ」
「…覚えてる?今日だよ」
明菜は主語を言わない。僕がそれを聞くのを嫌っているからだ。
「そうか、今日だったっけな……」
僕は階段の途中で踵を返した。リビングを抜け、靴を履き直し、鞄は置いていく。
「母さんには、今日は友達の家に泊まるって言っといて」
「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん」
そのまま出て行こうとした僕を、明菜が呼び止めた。
いつもならここで、押しの弱い明菜は黙って言うことを聞く。だが今日は違った。