『LIFE LINE』後編-7
「話があるんです。今、時間ありますか?」
僕は左手の時計に目を落とし、チラリと坂本の様子を伺う。
言い方こそ穏やかではあったが、有無は言わせないぞと言った顔をしていた。
お昼に間に合いそうもないとか、そもそも授業が遅れたのは誰の所為だとか、投げつけてやりたい言葉が次々と浮かんできたが、無理矢理押し込んで僕は頷いた。
「どこに行くんですか?」
先立って歩き出した坂本にそう聞くと、
「生徒指導室ですよ」
返ってきた言葉に、僕はなる程と思い、そのまま黙って後をついていった。
こんな優良校でも、当たり前ではあるが、そういう“場所”はある。職員室のすぐ右隣。木目調の扉を開けて中へ通されると、部屋の真ん中に置いてあるパイプイスに座らされた。
僕は腰を落とし、改めて周りを見渡す。
殺風景な部屋だった。
飾り物や、花もなく、ただ一つ、机を挟んで座るだけの部屋。
昔、刑事ドラマで観た取り調べのシーンを、僕は思い出していた。
「それで?話って何ですか?」
目の前にいる教師の顔をあまり見ていたくなかったので、僕は窓際に向かって喋りかけた。
「ああ……。それなんですけど………」
と言って、坂本は鞄からファイルを取り出すと、一枚一枚丁寧に捲っていった。ファイルには生徒の名前が載っており、その下には中間、期末考査の結果とついこの間の小テストの得点が書かれている。
まあ、予想通りの展開だった。
それから僕は、自分の欄を開いた頁を見せられて、目を通すように言われた。
「それを見て、どう思いますか?」
「ひどいですね」
「いや、そんなにひどくはないですよ。これだけとれていれば充分及第点です。僕が学生の頃は、もっと低かった」
「はあ…」
てっきり真正面から叱られると思ってた僕は、口を噤んだ。
坂本は怒るでもなく、呆れる訳でもない。機械みたいな無表情で、何を考えているのか全く分からなかった。
「今回は少し疲れてたんでしょうね。まあ、この程度なら直接影響は出ないから心配しなくていいでしょう」
「ありがとうございます」
「ところで……」
急に声を落として、坂本は言った。
「来週あたりに、面談があるんですけど、成瀬は進路変更とか考えてますか?」
「いえ、今は特に」
「なら、僕の方から提案です。もうワンランク上の大学を、受けてみませんか?」
おそらく、全く逆の事を言われると思っていた僕には、まさかの栄転だった。
坂本は神経質そうに組んだ足を揺らしながら、続けた。