『LIFE LINE』後編-6
「棗くんには棗くんの考えがある。君にだって、話したくない辛い過去の一つや二つあるだろう?」
ご主人の言い分はもっともだ。
僕は自分自身の悩みを、恥ずかしいと思う。
誰かに打ち明けるなんてことはできない。
他人から見たらちっぽけでどうでもいいようなことでも、僕にとっては真剣だから、笑われたくないし、同情されるのも嫌だ。
中途半端に入り込まれるのだけは、まっぴらだ。
「僕らは他人じゃない。だけど特別でもない。踏み越えてはならない線が、僕を、確実に阻むだろう。覚悟を決めるには、ほんの少しだけ遅すぎた。
五十を過ぎて、情けないことに気付いたもんだ」
ご主人は言って、右手で自分の頬をなぞった。
乾いた肌に引っ掛かって、途中で止まった。僕がこんな風になるまで、はたして何年かかるのだろう。この皺を刻んだ分だけ、なにを得るのだろう。
だがご主人は、それが罪であるかのように、そっと呟いた。
「成瀬君」
「はい」
「君は、まだ若い。僕の言い訳のような話を聞いても、納得できないだろう。でも、これが、現実なんだ。大人という世界の、限界だ。これ以上先に進めば、きっと容赦なく君を振り落とすだろう」
これは警告だ。
先生にもう近づいちゃいけないと暗に言っている。
僕はどうすればいいのか、分からなくなった。
「それでも……」
ご主人は僕から目を離さず、はっきりと言った。
「君は彼女を救えるのか?」
終業のベルが鳴って、時計の針は午後1時を指していた。
ぞろぞろと教室を出て行く連中に混ざって、僕も遅めの昼食を取るため食堂に向かう。
2限の授業はAクラスのみの受講生が参加する。
Aクラスとは言っても、偏差値の高い順に分けられている訳ではなく、志望する大学の傾向や、教科によって割り振られているだけだ。
ちなみにAクラスの担当は棗先生と、学年主任の坂本。
坂本はいわゆる詰め込み型の教師で、よくチャイムが鳴っても気付かない振りをして授業を進めるため、生徒からの評判は良くない。
無論、僕もそうだが。
そして、今日。
僕は学校に来る際、ある一抹の不安と緊張があった。
もし先生に会った時、一体どんな顔をすればいいのか。
ハニワ屋でも言われたが、僕は彼女に、何をしてあげられるのだろう。
先生の凄絶な過去に対して、僕はあまりにも凡庸な一生徒に過ぎなかった。
だが、幸か不幸か、今日のAクラスの講師は全て坂本が受け持ちだった。
僕は、少しホッとしていて、それが堪らなく汚く思えた。
「成瀬」
階段を降りた所で声をかけられた。
ここの生徒なら、大抵は萎縮してしまう声。
坂本だ。