『LIFE LINE』後編-5
「彼女は、僕が知るどの子供よりも、子供らしくなかった。常に正しくあろうとし、父親の影を追い続けたんだ」
それは、ある意味、理想的な親子の形であるのかもしれない。
娘にとって、物心ついた時から一番身近な人は偉大で、目標だった。
たぶん、棗教授も似た思いだったんだろう。
ご主人はそう言った。
手塩にかけて育てた娘に、自分の夢を継いでほしい。
そんな純真な気持ちほど、時には壊れやすく、簡単にねじ曲がってしまう。
父は、娘を管理するようになった。
やり方は、僕の見てきたそれ。
それとはつまりもう、折檻だ。
中途半端は決して許さず、自分と同じものを絶えず求め続けた。それが彼の愛情表現であり、娘はそれに必死に応えようとした。
もがいた。
睡眠時間を削り、更に難しい本を読むようになり、ハニワ屋に来る回数も減った。
元々希薄だった友達付き合いは皆無になった。
徐々に、ゆっくりと時間は過ぎ、ただ状況だけは、加速度的に歪んでいく。
先生は、ある有名な国立大の試験を受け、そして落ちた。
無謀とまで言われた挑戦だった。
その頃にはもう、先生の体はボロボロの雑巾のようで。
耐えて、苦しんだその後に残った物は何もなくて。
だけど、本当に辛かったのは、悟ってしまったこと。
父親は、天才だった。
そして、その娘はただの失敗作でしかなかったのだと。
いつか、夢は叶うと、信じて疑わなかった。
きっと先生は、先生になりたかった訳じゃない。
なるしかなかったのだ。
「僕が知っているのは、ここまで」
すべてを吐き出したあと、ご主人はそう言って顔を上げた。
意思の強いその瞳は、僕に何か訴えているような気もしたし、様子を伺っているようにも見えた。
僕はなにも答えずに、両肘を膝に乗せて手を組んだ。
気持ちを落ち着けて、それからご主人に向き直る。
「一つ、聞きたいことがあります」
と僕は言った。
「何だい?」
「ご主人なら、先生を助けることができたんじゃないですか?」
責める方向を間違えている。それはわかっているけど、僕には我慢できなかった。
その時、確かに先生の側にいたこの人だけが、支えになれたはずなのに。
見守っていたというのは言葉の綾だ。
この人は、ただの傍観者だった。
「どうしてそんなになるまで放っておいたんですか?今も先生は苦しんでるのに。どうしてそれを見て、平気でいられるのか、僕には分かりません」
「…それは、棗くんがそう言ったの?」
「いや、そういう訳じゃ…」
「棗くんが、助けてほしいってそう言ったのかい?」
確かに、先生は今の今まで、弱音を吐くどころか辛そうな素振りさえ見せなかった。
もしかしてそれはご主人に対しても同じだったのだろうか。