『LIFE LINE』後編-3
「先生の…父親のことなんですけど」
僕は昨日のことを、洗いざらい事細かに話した。
先生の家で勉強を教えてもらったこと。そこで、先生の過去に少しだけ触れたこと。
…そして、体中につけられていた傷と、棗恒彦。
「僕は知りたいんです。もっと先生を、深く知りたい」
一生徒に過ぎない僕が、これ以上なにを探るというのか。
ご主人の目が、そう言っているような気がした。
話を聞いてもらってる最中、ずっとそんな感じだった。
それでも僕は、諦めなかった。
「好奇心だけなら、とっくに止めてる。先生は僕の恩人です。無価値な人間だった僕を受け入れてくれたんです。だから僕も、彼女を受け入れます。たとえ何があっても」
どうしようもなく、悔しかったからだ。
僕はあの状態になった先生を、正直怖いと思った。
震える手のひらを、抑えることができなかった。
ただ、怖かったのは。
それに触れた瞬間、心のどこかでその先にあるものを知ってしまった時、僕の中で変わってしまう何かだ。
でも、このまま何もしないでいる事は許せない。
そう思えるようになれたのは、果たして、誰のおかげだったのか。
「それで僕が、何か知っているとでも?」
僕は頷く。
ご主人の声色は厳しかった。
手を組んで、真っ直ぐに見つめてくる。
僕は逃げなかった。
先に音を上げたのは、ご主人だった。
「分かったよ」
大きなため息をつく。諦めにもにた表情で、軽く首を振った。
「僕も全てを知ってる訳じゃない。それを踏まえた上で聞いてほしい」
「はい、ありがとうございます」
ほっとしたのだろう。頭を下げた途端、体中から力が抜けてしまった。
ぐぅ〜っと、腹の音が鳴る。
「その前に、何か食べようか。朝ご飯もまだだったんだろう?」
と立ち上がり、ご主人はそこで初めて笑顔を見せてくれた。
それはあの日、初めて会った僕に自分の店について嬉しそうに語る姿をダブらせた。
少年のような笑顔。
この人の所に来た理由が、今、分かったかもしれない。
……初めて棗くんに会ったのは、いつだったろうか。
朝食のサンドイッチを摘みながら、ご主人は宙を仰ぎ見た。
遡る10年前、当時、ある遺跡の発掘調査でご主人はボランティアとして参加していた。
趣味が高じて、昔からの仲間の一人に今回の話を持ち掛けられ、いてもたってもいられなかったという。
それが、棗教授だった。
大学時代から優秀だった彼は、卒業後もその手腕で研究チームに残り、様々な革新的な論文を世に送り出していた。