『LIFE LINE』後編-23
「あげる。その本」
「何ですか、コレ?」
「つまんない話よ。『知られざる日本の埴輪』」
「それは確かに……」
つまんなそうですね、と言いかけて二人で笑った。
不思議なことに、こんな風に彼女と笑い合って別れることができるなんて思ってもなかった。
―――それから、ほどなくして鉄橋を超えた電車が視界の向こうから現れた。
その古い型の電車は、すでに傾きかけた西日を後ろから浴び、遠慮がちに鈍い輝きを放っていた。
すぐそこに、秋の訪れは迫っているのだろう。
柵の向こうに建ち並ぶ僕らの街。
今はその街が、黄昏色に染められようとしていた。
響くベルが最後を告げる。
電車が停まりきる前に、僕は先生に声をかけた。
「あの、先生……」
「どうしたの?」
そう問いかける先生の声が、耳元に響く。
「もしも僕が……」
僕は言いかけた所で口ごもった。
「もしも君が……?」
「もしも僕が、進学を諦めてカメラマンになるって言ったら、どうしますか?」
何を言い出すかと思えば、僕は……。
先生に告白する最後のチャンスを棒に振って、とんでもないことを言ってしまった。
……でも。
「どうもしないよ」
先生は、そう言った。
笑いもせず、茶化すでもなく、僕を見上げている。
先生は両手を伸ばして、僕の手のひらを包んだ。
その手は、柔らかさと、暖かさに満ちていた。
「君がそうなるって決めたんでしょ。私は何も言わないよ。
でも、応援してる。ずっと、どこかで。君を見守ってる」
夕暮れの光が目の中に入り込んでくるように、僕の中になにかが染みてきた。
それはじんわりと、彼女の体温を伝えてくれる。
握られていた手に力を込め、切なさに僕は目を閉じた。
そして、静かに心の奥で誓っていた。
彼女が僕に託した思いに、全力で応えようと。
将来のことはよくわからないけど、どんなに才能があっても、写真で食っていける人間なんてごくわずかだと思う。
そんな厳しい世界に、言われるがままの優等生を演じてきた僕が通用するのだろうか。
言いようのない不安は、どこまでも続いている。
でも、どこに進んだってこの不安がついて回るのなら、僕はせめて自分の道を狭めるような真似だけはしたくなかった。
出来ないことはない。
だって僕は…
父さんの息子だ。
そして、先生の……
この人の、教え子なのだから。