『LIFE LINE』後編-22
「この人は本当は飛びたかったんじゃないですか?鳥のような翼が欲しくて、空に行ける方法を手に入れたいと願った。
なんで勝手に諦めたって決めつけるんですか?」
周りの奴には授業をわざと妨害してるように見えるかもしれない。
頭のおかしい奴だって思われるかもしれない。
でも今の僕には、他の全てを犠牲にしてでも手に入れたい答えがあった。
しかし、やはりというべきか。先生の口から洩れた言葉は、教育者としての範疇を逸しないものだった。
「成瀬君、それは違います」
何の否定なのか、僕には分からなかった。訊きかえそうとすると、先生は続きを言った。
「私は、空を飛ぶことだけが、正解ではないと思うんです。
いや、そもそも、正解なんて言葉に意味はありません。
なぜなら、それは詩の中の【わたし】が決めることです。
ここでいう【わたし】とは、皆さんです」
それが、僕らだけじゃなく、自分の事も含まれているのだということに、僕は気づいた。
そして、先生のその長い睫毛に覆われた瞳に、自分が映っていないことが、いま、はっきりと分かった。
「地を這って生きるのも、空に向かってもがこうとするのも、全ては皆さんの数ある可能性の一つに過ぎません。
成瀬くん。貴方には前に、似たような事を言ったよね。
あなたには、素晴らしい力があるのよ。
それを生かすの?殺すの?
全部自分で決めなさい。
私には、あなたなら出来ると信じてるわ」
それが、教室で聞いた先生の最後の言葉だった。
本当にやりたいこと。
やりたかったこと。
宙ぶらりんになった僕の気持ち。
教室の隅で、その答えを見つけようと必死に考え続けていた。
細長い駅のホームで、電車を待っている先生に追いついたのは空が暗くなり掛けた頃だった。
荒い息。汗ばむ手。
制服の内側で焼けるように熱い体。
騒々しい音を引き連れて、反対側のホームに電車が滑り込む。
先生はいつしか見た真っ黒な喪服のようなコートに身を包み、片手に持った文庫本に目を落としていた。
「先生」
後ろから言葉をかけて、僕は先生を呼び止める。
学校からここまで走って駆けてきたせいか、声が続かない。
「成瀬くん?」
顔を上げて、振り向く先生の表情が少し柔らかくなる。
それを見て、僕はちょっとホッとした。
「…もう、学校には来ないって聞いて……行っちゃうんですか?」
「うん。アパートの荷物も全部引き払ったから、今日、この街を出てくわ」
そう言って短く笑った先生は、持っていた本をパタンと閉じて僕に渡した。