『LIFE LINE』後編-21
「最後の授業ということで、今日は、私の好きな詩の一節を紹介しようと思います」
先生は普段と変わらない調子で授業を進めていく。
僕は僕でそれを拝聴する生徒の一人だった。
「皆さんにも、好きな絵や本はありますよね?漫画でも構いません。自分の気に入った物を手に取ってみた時、それをどのように、見ていますか?
いえ、正確に言えば見ているという表現は正しくありません。
およそ作品を読み解くというのは、その作者と同じ感性を共有し、動く心情を捉えることにあります。
つまり、何が書いてあるか、ではなく、何を感じるかです」
この授業を終えたら、先生はどこに行くのだろうか。
またあの暗い部屋に戻って、1人で泣くのだろうか。
それとも、かつていた籠の中へと帰るのだろうか。
新しい刺激を求めて、この街を去ってしまうのだろうか。
結局、どの選択も僕にとっては辛いものになる。
だったら、尚更引くわけにはいかない。
先生のよく通る声に耳を傾けながら、僕は考え続ける。
鳥籠に閉じ込められたこの人を、青空の下へ解き放つ方法を。
「―――この詩は、作者の詩の中では最も広く知られた物です。内容は、小学生でも簡単に理解できるでしょう。
作者は人を【わたし】に置き換え、鈴と小鳥に比べることで、それぞれの長所を引きだしています。なぜ、鈴と小鳥なのか。皆さんは考えたことがありませんか。
作者にとって鈴と小鳥とは、つまり憧れなのです。
自分にない物に人は憧れてしまいます。でも代わりに、自分にしか出来ない事もある。
それぞれの良いところも悪いところも認めて、個性を大事にしようと作者は歌っているのです」
チャイムが鳴るまで、あと少し。
先生はもうすぐ、先生じゃなくなる。教壇に立つ先生と、最後列の席に座る僕。
僕と彼女の距離。本当は、それらよりも遠い距離。
教師と教え子。
社会人と高校生。
大人と、子供。
挙げればキリがないくらいだ。
でも、それでも僕は……。
僕は……
「棗先生、少しよろしいですか?」
それは、まったく突然のできごとだった。
気付くと僕は、手を挙げて起立していた。
自分でも無意識の行動だった。
「なんですか?」
先生は表情を変えずにそう言った。
クラスの皆がきょとんとした顔をこちらに向けている。
普段の授業じゃ僕が発言するなんてあり得ないことだからだ。
その僕が、こうやって席を立って声を上げている。
それだけでも、僕を奮い立たせるには十分だった。
「どうして【わたし】では、空を飛べないと思うんですか?」
自分でも、馬鹿な質問をしてると思う。人が空を飛べないのは当たり前の事なのだから。
この詩は空を飛べない【わたし】が、鳥よりも地面を速く走れることを歌っているだけなのに。