『LIFE LINE』後編-19
おもむろに、ページを捲るとクリアホルダーに挟まれた写真の中に、小さな子供が2人、写っていた。
場所は、公園だろうか。
灯台の隣にそびえるなだらかな丘の上に建てられた海浜公園。
広い太平洋と、豆粒みたいな小さな町が一望できる山頂付近のベンチで、その少年は傍らに座る少女の手をしっかりと握り、レンズをまっすぐに見つめている。
次の写真。
小学校の入学式。買ってもらったばかりのランドセルを背負い、正門の前に立つ少年。
まだあどけない笑顔で、母親に連れられ、嬉しそうにはしゃいでいる。
校門を出た所に咲いている一本の桜の木。
これからその下を何回も、何百回も通り過ぎるのだ。
「…………」
アルバムには、その少年が過ごしたあらゆる日々が記録されていた。
一冊には収まりきらないその量は、もはや棚の一角を占めるほどの多さだった。
それだけではない。
少年と同じくらい、少女の写真も数多く残っていた。
アルバムには連番がつけられ、どの時代に撮られたものなのか分かるように管理されている。
長い時間を費やして、これだけの作業をこなすのは、途方もないくらい大変なことだ。
いかに撮影者がこの2人に情熱を注いでいたのか、写真を見れば分かる。
少年は、愛されていたのだ。
海よりも深く、山よりも高く、時には優しく見守り、時には厳しく突き放すように。
少年は理解していなかったのだ。
どれだけ自分が想われていたのか、人一倍その事に飢えていたのに。
………気付くと僕は、全てのアルバムを手に取り、一つ一つ噛みしめるように目を通していった。
最後のページを閉じ終えた時、驚いたことに、僕は泣いていた。
子供みたいに鼻を啜りながら。
無性に悔しくなって、何が悔しいのかも分からなくなって、自分でも抑えようのない嗚咽が後から後から湧き出してくる。
いつか、なにも知らない大人になって、気づかないままになってしまったら、きっとひどく後悔したことだろう。
僕は、馬鹿だったな……
明菜はとっくに、知っていたのだ。
父さんがいつもファインダー越しに見る景色。
それは、美しいアルプスでも、誰も見たことのないオーロラでもない。
ずっと僕達だけを、見ていてくれた。
そして、18歳の今日に、このバッシュをくれようとした。
僕が勉強しかやってこなかったことの反動なのか、好きなことを続けて欲しいというメッセージだったのか。