『LIFE LINE』後編-18
扉の隙間から見た資料室は、所狭しと本棚がぎっしり並んでいて、作業台の上にはネガフィルムの現像に使う薬品が瓶詰めに並べられている。
撮影されたネガを、印画紙に焼き付けるアレだ。
本なんかで読んで、知識としては知っていたのだが実物を見るのはこれが初めてだった。
隣の部屋にこんな物が置かれてる事も知らないなんて有り得ないのだけど、普段は近寄りもしない、まして夕飯以外は自室に引きこもってガリ勉やってるような僕だ。
そうやって、意識的に避けるようになって、いつの間にかここは開かずの間なんだと勝手に決めつけていた。
暗室用のカーテンでわざわざ仕切られているのに、中が明るいのはセーフライトが光っているせいだ。
僕は電球を消そうと思い、ライトに繋がっているコンセントを探した。
ふと見ると、机の下に収まるほどの紙袋が目に付く。
袋の合間から淡い青色の模様が見える。
ラッピングに使う包装紙のようだった。
小さく名札がついている。
僕の名前だ。
気になって、リボンを解き中を開けてみた。
「あ……」
箱の中の緩衝材をあさる僕の手が、ピタリと止まった。
そこには、まだ誰にも使われていないであろう、新品のバッシュが入っていたのだ。
それも、僕がずっと好きだったナイキのエア・ジョーダン。
中学時代に使っていて、もうずいぶん前に捨てたタイプだったのに。
名札の下に走り書きされた文字には、こう書かれていた。
『圭一』
『18才』
『誕生日』
それは確かに、父の字だった。パソコンで仕事をすることがほとんどの父の、無骨で、力強くて、不器用な字だった。
そして僕は、今になって気付いたんだ。
8月28日。
今日が自分の、誕生日だということ。
どんなありふりた日よりも尊い特別な1日。
それをすっかり忘れていたことに僕は少しばかり動揺した。
だけど……それよりも驚きだったのは、それを覚えていたのがあれほどいがみ合っていたはずの父さんだった。
僕という存在から、一番離れた所にいるはずの父さんだった。
足の震えが止まらない。
だって、そうだろう?
僕とこの人は、ずっと他人よりも遠い世界で生きてきて、底の見えない溝を互いに作ってきたのだから。
それが急に、手のひらを返されてしまっても、受け入れられる訳がないんだ。
何かの間違いに決まってる。
さもなければ、悪質な嫌がらせ。もう僕が、バスケなんてしてられる時期じゃないのを分かってて、こんな事をするつもりだ。
そう思って、立ち上がると、僕は手当たり次第に本棚からアルバムを抜き出した。
そう、写真を見れば分かる。
あの人が見ている物。その先に、僕なんか居ないって事をはっきり証明できる。