『LIFE LINE』後編-17
「アンタ、男でしょ。しっかりしなさいよ」
「押すな」
マコの力強さに思わずバランスを崩して転びそうになる。
僕は坂道の途中で転げ落ちるのを何とか堪えた。
「ねえ、圭一。もう聞いた?」
「は?何を」
僕を見て、やっぱりな、って顔をするとマコは慎重に言葉を紡いだ。
肩を落として、マコはつぶやく。
そして僕は、予想していた言葉を、受け入れたくなかった言葉を、一番聞きたくなかった言葉を、宣告された。
「…棗先生ね、辞めちゃうんだって」
……赤く染まった空に、一羽のトビが飛んでいた。
切り裂くように、鋭い翼をはためかせて、トビは雲の合間を滑空しながら上空に駆け上っていく。
どこまでも、どこまでも遠くへ……。
8月28日。
最後の夏休みが、もうすぐ終わる。
そして……
先生がいなくなるまで、あと3日。
家には、誰もいなかった。
鍵は開けっ放しで、クーラーもついたままのリビングに鞄を放り投げる。
僕は冷蔵庫を適当に漁って、その中からペットボトルの麦茶を出して一気に飲み干した。
それでも渇きは癒えず、冷蔵庫の中身を片っ端から取り出すと、すぐ空になった。
元々この家には、生活が成り立つ程度の最低限の食糧しか置いてない。
母も、妹もいない時は致命傷になる。
こんな時ばかりは、いつもは作りすぎな明菜の料理でも、頭を下げてでも食べたかった。
くだらない愚痴でも、笑って聞いてあげたかった。
それを見ながら、楽しそうに2人を眺めている母さんにいてほしかった。
……なんでこんな時に、この家には誰もいないんだろう。
この家族は、なんでこんなにバラバラなんだろう。
冷たかった。
そんなはずはないのに、どこかから隙間風が吹いている気がした。
クーラーが効き過ぎていただけだった。
僕が自分の部屋に戻ろうと二階に上がると、一つだけ電気がついている部屋があった。
突き当たりの一番奥の部屋。
父さんしか使わない資料室の明かりが、か細いろうそくのように灯っていた。
今まで入ろうとも思わなかったのに、僕はいつの間にか、その光に吸い寄せられていた。
重たい扉を開けて、おそるおそる中を覗いた。