いじっぱり-1
「これに、はんこ押してくれ」
夫はそういった。とうとう私たちの結婚生活にも終止符がうたれようとしている。
最近口論が増え、あなたも仕事が忙しくなった。私は寂しさからあなたにあたった。また喧嘩になり、あげくあなたの浮気も発覚。私はそれでもあなたのそばにいたかったけど、意地っ張りの私は素直になれず、ここまできてしまった。
その紙をじっと見つめる。いろんな出来事を、この紙は“想い出”に無理矢理変えようとしている。
私は、そっと瞳をとじてあなたを思う。
ねぇ、覚えてる?
あなたのはじめての残業の晩、私は寝ないで待ってた。あなたにあつあつを食べさせたくて、携帯を目の前において、
“今から帰るよ”
その言葉を待ってた時間すら幸せのかけら。
ねぇ覚えてる?
あなたとはじめて夫婦喧嘩をした夜、私は裸足で近くの公園まで走ったわ。あなたの愛が仕事へ傾いていて、でも寂しいなんて言えない気持ちが苦しくて。
「出てく!」
そう言った私を悲しそうな目で見つめたあなた。
「帰ろう」
抱きしめてくれた腕は、とても暖かくて。
涙がとまらなかった。
「寂しいのは俺もだよ」
そういわれてからあなたの愛に気付いた私はホントにばかで。
ねぇ、覚えてる?
私があなたに辛くあたったこと。
なんとなく好きなひとがいることわかってたの。
仕事が忙しいのもわかってた。
寂しさをおさえられなくて、離れていかれるのが怖くて。でも可愛くなれない私はあたるしかなかった。あのときのあなたの腕は、どの腕よりも大きかったけど、むなしさがつのるばかりだった。
ねぇ、あなたは後悔してる?
私じゃなくて、今つきあってる子と結婚していればよかった?
あなたは私といて少しでも幸せだった?
どこまでも勝手だった私。
どこまでも優しかったあなた。
こんな意地っ張りな私を捨てるあなたにもうあたる理由もない。
「加奈子」
私は、気付けば泣いていた。もう迷惑かけないつもりなのに、またあなたを困らせてる。
「俺、後悔してないからな」
びっくりしてあなたの目をみる。微笑んで、大きくうなずく。
私もあなたにつられて微笑んだ。
それから、私は静かに判子をついた。