崩壊〜出会い〜-4
「…それ、“ウン”て言ったんじゃないだろうな?」
「言ったわよ?」
「なんでオレの都合も聞かねーんだよ!」
早口で巻くし立てる仁志。しかし、優子は、当然と言った調子で反論する。
「だって、保健が効くといっても検査って結構掛かるのよ」
(…息子の身体よりカネの心配かよ)
こんな母親とこれ以上口論を続けてもムダと思ったのか、仁志はさっさと朝食を平らげると玄関に向かった。
「帰ったら涼子さんの住所書いとくから、ちゃんと行くのよ」
「…分かったよ、行くよ」
仁志は、うんざりといった様子で自宅を後にした。
午後8時。
メモ用紙に書かれた住所は、仁志の自宅からそう遠くなかった。最寄りの駅から四つ上り、そこから、南へ5分ほど歩いた場所に建つマンション。
この10階が涼子の自宅だった。
「いらっしゃい仁志君!」
涼子は、仁志が来るのを入口外で待っていた。駅に着いた時、連絡していたおかげだ。
「しばらく見ない間に、大きくなっちゃって!」
「…は、はあ…」
嬉々とした表情で出迎えてくれた涼子に、仁志は少なからず戸惑った。
(このおばさんのこんな顔見るの、初めてじゃないか…)
ほどなく招かれて入った涼子の自宅は驚くほどだった。広いリビングに並ぶ、女性らしい細かな家具や調度品の数々に仁志は圧倒された。
「その辺に座ってて」
そう言って涼子は別部屋へ消えた。
リビング奥を、占拠するように置かれた白い革のソファに腰掛ける仁志。が、何とも居心地が悪い。
(…何処行ったんだよ?おばさん。こんなところに置かれちゃ…)
ソファから立ち上がり涼子を探しに行こうとした時、ちょうどリビングに戻って来た。
「ごめんね。待たせちゃって」
彼女の手元には、小さな箱が握られていた。
「…本当は持ち出し禁止なんだけど、医院長に訳を言ってこっそりもらってきたの」
涼子は、イタズラっぽい笑顔を仁志に向けた。
「これって、何なんです?」
「これはねえ、検査キットなの。これが、便に血が混じっているかを調べるための採取ビンで、こっちはディスポーサブル器よ」
涼子は、楽しそうに箱の中身を披露するが、医学に関心の無い仁志には、まったく意味が分からない。
「…あの…涼子おばさん」
心配気に訊いた仁志の言葉に涼子は素早く反応した。
「仁志君!」
先ほどまでの優しい口調が、一気に強い語気に変わった。鈍い仁志にも、自分がマズいことを言ったと分かるほどに。