『砦』-6
―好きになることって許すことだったんだ…。
そんな気持ちで昔は彼を見てた。いいとこも悪いとこも全部好きになりたいと、あの頃のあたしは思ったのだ。
盲目的な愛を今のあたしは滑稽に思ったが、少し羨ましかった。
もしかしたらあの頃みたいな恋愛はもう二度とできないかもしれない。
全身を相手に委ねるようなあんな激しい想いは二度と得られないかもしれない。
女としてあたしは昔のあたしに嫉妬する。
「遅くまでごめんな」
「ううん、平気。それより気をつけてね」
ヒロアキはあたしを自宅まで送ってくれた。
「ありがと。今度はみんなで遊ぼうな」
「うん。おやすみ」
「じゃあ」
ヒロアキの車が遠くへ消えてしまうまで見ていた。
プライドは満たされても幸せになんかできない。
少し後悔していた。
昔のあたしはきっと今のあたしを軽蔑するだろう。
ヒロアキを寝取った女と何の大差もないのだから。
自分で、自分の思い出さえも踏みにじった。ヒロアキとの昔の思い出が急激に全て色褪せてきた。
―この気持ちを覚えておこう。
闇夜がほんのり薄らいできた。
あの海から太陽が昇る。暗闇をすべてかき出す。
あたしはそっと家に入る。家人はまだ起きていない。
自分の部屋のベッドに横になった時、初めて眠いと思った。
唇にそっと指を当てる。
―誰かと早くキスしたいな…。
目を閉じると再び闇夜が訪れた。