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『砦』
【大人 恋愛小説】

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『砦』-4

「外出て見る?」
「うん」
―あたしってばイヤな女。
思ってる先でほんとはおかしくてしょうがない。
陽が高くなっているので、まだ完全に暗いわけではない。しかし、夕日が薄れゆく西とは逆に、東の海から紺碧の夜が迫っていた。
―傍目から見たらやっぱりカップルなんだろうな。
そう考えると大声で叫びたくなる。そんな風にあたしたちを見る人間に「こいつは彼氏なんかじゃない!」と。
だってもう、この男には何も感じない。こうして二人並んで海を見ても、だ。
堤防に腰掛けた。
「思ったより風があるな」
言いながらヒロアキは風上側に座り直した。
「ありがと」
あたしはニッコリ微笑む。
「なんか…、いいよな」
狼狽気味な言葉。
「何が?」
「前より…、前のカナエよりいいっていうか…。もし、ニシマエか今のカナエか、どっちかってか、カナエ選ぶよ…」
「何言ってんの?そんなの選ばせないよ」
「そう…だよな。俺変かも」
頭をかいて苦笑している。
あたしはヒロアキの言葉に不快さを感じ、と同時に、快さを感じていた。
勝利の快さを。
ヒロアキに、そして何よりニシマエさんに。
意地悪なあたしが心の中でつぶやく。

今のあたしはあなたを選んだりはしないけど。

今のあたしがあるのは、ヒロアキと別れたからここにいるのだ。
もし、あの時別れずに、今まで付き合っていたとしたら、彼はあたしが変わったなどと言うこともなかっただろう。
あたしのことを再確認しなかっただろう。
そして何よりあたしも変わることはなかったに違いない。
ヒロアキの言葉に有頂天になった。ニシマエさんにも聞かせたかった。

そう、あたしはあんたが嫌いだった。

「ねぇ、彼女は知ってるの?あたしと会うって」
「いや、別に言う必要も無いし…」
「言ったらヤキモチ焼く?」
「食事したくらいで焼くような奴じゃないよ」
「どこまでしたら怒るの?」
「え?」
……。
畳み掛けるようなあたしの質問に次第に唖然としている。
「冗談よ」
「な…んだ。びびったぁ…」
「本気にした?」
「いや…。てか、そんな冗談言う奴だったっけ?カナエって」
何も言わずに笑った。
海からの強い風がぶつかる。
「何気に寒いよね」
うずくまるあたしに、おず、とヒロアキの腕が伸びた。
「身体、冷えてるよ」
「だいじょうぶだよ」
なおも笑って答えた。
「風邪ひくといけないし…」
ヒロアキの指に力が籠るのをあたしは見逃さなかった。
もう夜は頭上にある。
海は夜に包まれてもう見えない。
闇がすべてを覆い尽くす前に、ニシマエさんが歯噛みする姿をあたしは心のうちに閉じ込めた。

「何か飲む?」
「ううん、いい」
あたしは枕を抱き、顔を突っ伏して答えた。
ホテルのベッドは広くて好きだ。
ヒロアキは冷蔵庫から烏龍茶の缶を出してこっちへ来た。
缶を開ける音がして、あたしの身体が傾いた。ヒロアキがベッドに腰掛けたのだ。
「疲れた?」
「ううん、平気」
ニッコリ応える。
「相変わらずタフだねぇ」
ゴクゴクッ、と喉を鳴らして美味しそうに飲んでいる。
「やっぱりちょうだい」
彼の手から缶を奪って、口につけた。…すっかり飲み干してしまった。
「ひでぇや」
ヒロアキはあたしの隣りで寝転び、うつぶせになる。右腕をあたしの背中に乗せた。熱い腕だった。
あたしは上半身を起こし、頬杖をついた。
「後悔してる?」
「いや…、そんなことないよ」
「ニシマエさんにバレたら」
「バレないでしょ?」
「あたしがバラしたら?」
ヒロアキは絶句した。


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