『砦』-3
店を出、車に乗り込むと、ヒロアキはエンジンをかけながら問いた。
「どうする?これから」
相変わらず試すような言い方をするんだな、と思った。
「まだ七時前だし、せっかくだから遊ぼうよ。時間空いてる?」
あたしはコクンと頷く。
「何がいい?」
「何でもいいよ」
つっけんどんな言い方をしてしまったと、ハッとしたが、ヒロアキは気にして無い風だった。
「とりあえず、クルマ流すね」
街中へ走り出す。
「いつもと同じパターン」と言おうとして、再びハッとし、言葉を飲んだ。
付き合っていた頃も、こんな風に車で回り、結局行き先が決まらず、ドライブで時間を潰していた。
お金もなかったし、気持ちに余裕がなくて、相手に委ねてばかりだった。
どんなに試されるような言い方をされても。
帰宅ラッシュで車はなかなか動かない。
昔だったら、こんな時でも共有する時間を長らえることができてうれしかった。
信号が赤だとうれしかった。
でも今は気怠い。気持ちがだんだん下がっていく。
ふとヒロアキを見てみた。あたしの視線に気付き目が合う。
「どした?」
「年取ったなぁ、と思って」
「なんだそりゃ。酷いな」
自分のことを言ったつもりだったが、訂正はしなかった。
目が合う喜びも今は感じない。
―昔はあんなに好きだったにね。
窓の外に目を移した。
「I海岸の方に行って見ようか。ここからなら近いし」
渋滞を抜け、郊外へ出た頃、ヒロアキはそう言った。
―海か…。
なんだかデートみたい。
随分色のあせたデートだけど。
カーステレオから流れてくるのはボニー・ピンク。
付き合っていた当時、二人でよく聴いていた。
何とはなしに口ずさむ。
歌詞をまだ覚えていることに気付く。
「カナエちゃん、歌うたうの好きだよね。今度みんなでカラオケ行こうよ」
ふっと笑みが漏れた。
そしてさっきから気になっていたことを口に出した。
「何か無理してない?」
「俺が?なんで?」
「カナエちゃん、って。なんかぎこちないのわかるもん」
「ああ…」
苦笑している。
「そりゃあね。前は呼び捨てだったけど、今はそういう訳にはいかないじゃん」
「あたし別に気にしないよ」
彼は意外そうな顔をした。
「やっぱり変わったね」
I海岸には何台か車が停まっていた。大方カップルだろうけど。
「結構多いねぇ」
堤防沿いに車を停めた。
ニシマエさんとはここへよく来るのだろうか。邪推してる自分がおかしい。
さっきから彼女のことばかりが顔に浮かぶ。
後ろめたさは微塵にも感じてはいない。ただ、意地悪な妄想ばかりが支配する。
あなたの彼氏は今、昔の女と会ってるんですよ。