『砦』-2
「ちょっと見ない間に変わったね」
ヒロアキがオムライスをつつきながら言った。
「昔は…、あんまり化粧とかしてなかったから印象がちがって見えるよ」
「そうだね。化けるのはうまくなったかも」
「いや、綺麗になったよ」
茶化したあたしの言葉に臆面も無くそう言ってかぶせた。
「女はいくらでも変われるもの」
ドリアはまだ熱い。焦げ目をスプーンでひっくり返した。
「それと、明るくなった」
「なにそれぇ…」
「高校の時はもっとおとなしかった」
「うん。ファミレスでバイトしてるとさ、声出すし、要領よく動かなきゃいけないもんね。イヤでも積極性が身に着くよ」
「それ、いいと思うよ。俺」
そこまで言うと、お冷やをグイッと飲み干した。
あたしはなんと答えていいかわからず、ちょうど食べやすくなったドリアをスプーンにのせた。
「まだあそこのファミレスでバイトしてんだ?」
「ペイがいいからね。客多いけど」
「カナエちゃんは相変わらず忙しいね」
あたしはさっきから「カナエちゃん」に居心地の悪さを感じていた。
「うん。でも張りが出るよ。人見知りもだいぶ治まったし」
「後は彼氏のせい?」
ニヤッ、と意味あり気な笑みを浮かべる。
「彼氏なんか今いないよ。三月に別れてそれから、ずっと」
「ふぅん、もったいね」ドリアの味が分からない。何の味もしない。
―それって天に向かってツバ吐いてるようなモンだよ。
「そっちこそどうなの?ニシマエさんとは」
「ああ、まだ付き合ってるよ」
「へぇ、長いよね。結構」
「カナエちゃんと別れて少ししてからだから、…もうすぐ1年半かな。そういえば長いよなぁ。何かもうズルズルって感じだよ」
あはは、と笑った。
―マダツキアッテルヨ。
頭の中で反芻してみた。
―なぁんだ。
「俺さ、来年東京行くんだ」
オムライスはもう跡形も無くなっている。
「就職決まったんだ。おめでとう」
「ありがと」
ニッコリ。
「もうしばらくは会えなくなるもんなぁ…、向こういったら。今のうちにいろんな人に挨拶しとこうと思って」
「まだ早いんじゃない?」
「うん。でも結局なんだかんだやってたら、何もしないうちに行っちゃいそうだから」
「そう…。遠くなるねぇ。あなたのことだから滅多に帰って来ることないだろうし」
「俺もそう思う」
ドリアはまだ半分残っている。お冷やを飲んだ。冷たさに気付いて驚いた。
「そしたら遠恋じゃん。ニシマエさんはこっちにいるんでしょう?」
「まぁ、電話とメールだけになるだろうね、しばらくは。そんなに続くか分からないけど」
「そんなこと言ってぇ…。そーゆーのに限って続くんだよ」
ヒロアキの自嘲気味のその言葉はなんだか釈然としないものがあった。
「カナエちゃんは?就職」
「しない、つもり。仕事がないのが本音だけど、あたしねぇ、ウェイトレス、天職なんじゃないかなって思う。今すごく楽しいの」
自分でも自然に笑えて無いなと思うほど、抑揚に乏しい言葉だった。言ったことに嘘は無いが、ヒロアキの華々しい話の後では何か空しさを感じずにはいられない。
「そっか」
ヒロアキは指を組み、こちらを正視している。
どんどん硬くなるドリア。
「大事なことだからね、じっくり考えた方がいいよ」
あたしは分別臭いな、と思ってしまった。
付き合ってた頃も、こんな風に言葉を上からかけられたことは何度もあった。当時はそんなことが大人に見えて、頼もしいと感じていた。今となってはただの越権行為としかとれない。別れた後もあたしを支配しているような気がしてならない。
あたしのひがみだろうが。
「ゆっくり食べていいからね」
「うん…、でももう食べられないかも。ごめんなさい」
「いいよ。無理しないで」
ヒロアキの言葉の端端があたしをムカムカさせる。
食欲はすっかり無くなっていた。