「demande」<槙惣介>-22
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靴を履かないでほしい…。
そんなわがままを言えたらどんなにいいだろう…。
靴を履こうとしている惣介の前で、七香はその想いをぐっと押し殺した。
「…もう、伯母さんが帰ってきちゃうね…」
「うん…」
「目が…腫れてしまっている…。大丈夫?」
そっと頬を撫でられ、また涙を零す。
「…っ、…ごめ…」
心臓が…割れそうに痛い。
離れたくない…。ずっと…この子の傍に―――
そう思っていたら、突然惣介の背中で音がした。
ガチャ
「あらーん♪今かえるとこぉ?」
随分と酔っ払っている様子の人物は、惣介の腕に絡みつき、
「写真で見るよりイイおとこねーっ♪」と甘えだした。
が、七香が泣いているのを見てびっくりする。
「ななちゃん!?どーしたのぉ?目が真っ赤じゃない!」
「別になんでもないから」
「なんでもないのに泣いたりしないわぁ。どうしたの?」
「いーから!気にしないでっ」
「あ…、わかった。アンタねっ!?」
淳子は突然惣介を指差し、キッと睨んだ。
「いえ…、あの…」
「オバちゃん!違うのよ!」
「あんたじゃなかったら誰がこの子を泣かすっていうのよ!何したの!?
はっ!!まさか…!無理矢理ヤッたんじゃないのーーー!?」
勝手な思い込みで惣介の胸ぐらを掴み、天誅とばかりに拳を繰り出す。
「私のかわいい姪を…よくもーーーーー!!」
ガツッ!
「…ッて!!」
「やっ…!!なんてことするのよ!!」
七香は信じられないと言わんばかりに、慌てて惣介に寄り添う。
惣介は、あまりに突然のことだったので、歯を食いしばる暇もなく口の中を切ってしまった。
「大丈夫?大変…血が出てるよ!」
「てて…っ。いや、大丈夫ですよこれくらい。平気です」
二人の様子を見て、淳子はポカンとしている。
「え?なんだ。二人は仲良しになったの?」
「誰もケンカしたなんて言ってないわよ!勝手に思い込んで殴るなんて…。惣介に謝って!」
「いえ、大丈夫ですよ。本当に」
惣介は軽く微笑むと、七香の頭をぽんぽんと撫でた。
そして、七香の伯母に向き直り、頭を下げる。
「この度は…ご指名ありがとうございました。こんなステキなお嬢様と出会えたことは、
すべてあなたのお蔭と感謝しております。本当に…ありがとうございました」
「え?いやそんなぁ♪」
さっき殴ったことなどもう気にしてないのか、淳子はヘラヘラと笑った。
七香は呆れて脱帽した様子。
「さて、もうお約束の時間を過ぎてしまいました…。名残惜しいですが、失礼致します」
「うん!またねぇ♪また、ななちゃんと遊んであげてねー♪」
その間抜けな一言は、二人の心を傷つけもしたが、間抜けすぎて思わず笑ってしまった。
大雑把な伯母は、やはり細かい規約を読んでないんだな…と七香と惣介は同じ事を思った。