LUCA-1
「嘘つき。」
蛇口から落ちた雫が、キッチンに溜まった、洗い残しの食器の上に落ちる。昨日の言葉が、今日にはもう真実ではないものに変わったとして、それについて悲観するほどには世界に対して希望など抱いていない。
その口は、歌うことも。
その顔は、笑うことも。
その手は何かを掴むことも無く。
あるいは、僕が今感じているような絶望すら。
彼の名前は、修といった。
彼女の名前は、流歌といった。
僕の名前は、存在しない。こう呼んでくれ。青年A。
☆☆☆☆☆
僕はロープで男を縛り付け助手席に乗せると、一時間かけて車を運転し、樹海の中へと彼を導いた。背中にバタフライナイフを押し付け、従わせた。口にはタオルを噛ませ、ガムテープでぐるぐる巻きにした。彼はひどく汗をかいていた。Tシャツの背中が、汗で張り付いている。
樹海の、もう誰の眼も届かないようなところまで行き、僕は男を木に縛り付ける。耳を澄ますと、木々が風で揺れるさらさらとした音。空気は澄んでいて、僕は両手を天へ向ける。神様。人を殺すには、丁度いい日ですね、と僕が呟くと、彼は体をびくっと震わせた。
背中に背負っていたリュックを足元に下ろし、中をまさぐる。彼は僕の一挙一動をぎょろぎょろとした目で追っていた。彼は怯えていた。これから、何をされるのだろうという恐怖。どんな痛みを味あわせられるのだろうかという不安。あるいは、殺されるかもしれないという危機感。それらが異常なまでに目を血走らせている。
「さて、修くん」と僕は言いながら、はさみを手に持っている。彼は目を見開き、ガタガタと震えた。
「そんなに怯えるなよ。喋れるようにしてやる」僕は乱暴に彼の口元のガムテープをはさみで切る。数滴、血が滴り落ちる。唇も少し切ってしまったらしい。彼は、はあはあと息を切らしながら、唇の傷を舌で舐めている。
「そんなに深く切っていないよ、多分」と僕は慰めてみる。
「お前・・・何なんだ?」
「青年A」僕は応える。「さて、まず君が一番聞きたいことから応えよう」
「お前の目的はなんだ?」
「違うだろう? そんな事じゃない。君はそんなことを気にしていない」
彼は顔をしかめ、足元に血混じりの唾を吐く。
「ここはどこだ?」
「それも違う」
「お前の目的は?」
「違う」
彼は沈黙する。そして、言う。「俺は、死ぬのか?」
「正解だ」と僕はにっこりと微笑む。「そう。最初から君はそれを気にしていた、そして、僕は約束した。その質問には答えると」
一瞬間をおく。
「死ぬよ」僕は言う。「僕が君を殺す。そのために、ここへ連れてきた」