LUCA-8
☆☆☆☆☆
「あいつは、無力だ。殺されることに、抵抗すら出来なかった」僕は言う。「今の、君と同じだよ」
「実際に殺したのは、ルカだろ!」修は白々しく、未だにそんなことを言う。
「実際に殺したのは、流歌であり、君であり、そして、この社会でもある。でも、社会は殺せない。流歌は死んだ。残るは、君だけだ」言いながら、僕は果たして本当にこの男を殺していいものか、迷う。殺すことに意義を見出せないでいる。大義名分も、感情の高ぶりも、恨みも何もない。こんな男はこの世の中に腐るほど居る。男であるがゆえに、能天気な男など、星の数ほどいる。殺しても殺しても殺しても、殺したりない。多分、あの赤ん坊ですら、この男の死にさして興味もないだろう。
「哀しいな」と僕は呟く。
「何がだ?」
「さあ」僕は言い、彼を縛っていたロープを解く。僕は彼らと同じ事をしようとしていた。無力な存在を、消し去ろうとしていた。動きを奪われ、ただ死を待つ彼を殺す。彼らとやっていることと、僕がやっていることに、どんな違いがある? 何故、僕は彼を殺す? 何故、人は人を殺す?
ロープを解いてしまうと、僕は何も言わずその場を立ち去る。足元のバッグの中には、カッターナイフも、ペンチも、アイスピックも、爪切りも包丁も、凶器になりそうなものはたくさん入っている。彼は僕の後ろから襲い掛かってくるかもしれない。足音を忍ばせて、僕を背後から刺し殺すのかもしれない。
ねえ、流歌。何故君は、殺してしまった? 何故僕は君を殺してしまった? 何故親は子を殺す? 何故子は、親を殺す? 間違っているのは、一体なんだ? 僕はもう何も分からない。正しいことが何なのか、この世界では、余りにも不透明すぎる。
赤ん坊のことを考える。
その口は、歌うことも。
その顔は、笑うことも。
その手は何かを掴むことも無く。
あるいは、僕が今感じているような絶望すら。
背後に、気配を感じたのは気のせいだろうか?
でも、僕は振り返らない。僕は彼女を愛していた。それを失ってしまった僕は、今ここで死んだって良い。
ああ、ほうら、最後までやっぱり僕は。
「嘘つき。」