少年期の喪失-1
その日は突如としてやってきた…
それは二学期の終業式が終わり家に帰ろうとした時だった…
「藤木君…ちょっと来てくれる?」担任の奥村先生だった。
「よく聞いてね…藤木君のお母さんがさっき交通事故にあったみたいで、今入院している病院から電話があってね、お母さんの容態が大分悪いみたいなの。
だから今から先生と一緒に病院に行きましょうね。」
6年生の僕にでも先生の声の調子を聞けば、母さんがどれくらい危険なのかは想像できた。
僕はすぐに先生の車に乗り病院へ向かった。
車の中で僕は落ち着かず不安で一杯だった。
(明日のクリスマスに母さんと一緒にクリスマスケーキを食べてお祝いしよう!って言っていたのに…母さん大丈夫かな…)
僕は病院に着くとすぐに母さんのもとへと走った。
母は意識が朦朧としていたが僕が来たことには気づいてくれた。
「ごめんね、洋。お母さんこんなんなっちゃって…もぅ長くは生きられないみたい…」
「母さん…明日のクリスマス、一緒に祝おうって言ってたじゃん。サンタさんも来てくれるって…」
6年生にもなると学校ではサンタさんは存在せず、実際は親だという噂がチラホラ出てきていたが、僕はそんな噂は信じられず、また信じたくなかった。
「本当にごめんね。でもサンタさんは来てくれるはずだからね。」母は必死に答えた。
僕はその言葉を聞いて少し心が安らいだ。僕はこの時母さん心配よりサンタさんへの期待ほうが大きかった。
そんな親不幸が祟ったのか母さんはその日の夕方、息を引き取った…
僕は深い悲しみにくれて、泣きわめいた。母さんの死でようやく事の重大さを悟ったのだ。
僕には母しか家族がいなかったので、その夜は病院で泊まることになった。
僕は浅い眠りについていた…
すると遠くの方から
「ドシッドシッ!」っと歩く音が聞こえてきた。
僕は耳をすませた…するとリンリンと鈴の音もかすかに聞こえる。サンタさんだ!僕は母の死をも忘れて喜んで毛布にくるまり、寝たふりをした。
音は徐々に大きくなってきた。そして僕の部屋の前で立ち止まり様子を覗き、子供がいると分かったのか僕のほうへ近づき何やらがさごそとしていた。
僕はサンタを見てみたいという衝動を抑えきれずに、くるまっていた毛布から飛び起きた…
が、誰もいなかった…
そう…それは夢だった…
サンタは来なかった…
僕は友達の噂を信じざるをえなかった。
僕の純粋に物事を信じる気持ちはこの時に失われた…
そして母さんに対する思いが、また急にこみあげてきた。
僕はその後親戚の家で暮らすこととなり、あと少しで卒業というところで転校を余儀なくされた…
新たな学校生活が始まり新しい友達もでき、楽しいこともいっぱいあったが、ふと思い出すのは母さんの優しい微笑みだった…
僕の悲しみは一生消えることはなかったが、少しでも和らげてくれる存在を見つけられたのは大学生になってからだった…