マラソン-1
一
心なしか、今日は足の調子が優れない。昨日、羽目を外しすぎたせいだろうか。でも、そんなことはお構いなしに陽の光は燦々と照っている。起きたばかりの俺にとっては、少々眩しすぎる。しかし、この眩しすぎる太陽のおかげで、今日俺はあの地で最後の疾走ができる。
この少々調子の悪い足は、ちゃんと最後まで走ってくれるだろうか。俺の目標としては、もちろん上位をねらいたいところだ。しかし、この足では無理か。いや、俺ならやれるはずだ。あれだけ頑張ったんだ、絶対に負けはしない。上位に食い込んで、みんなの歓声を浴びてやる。
十分意気込んでから、この不安な足を折り曲げ立ち上がる。ふくらはぎの部分が少し違和感が残るが、気にすることはない。すぐになれるだろう。
そんなことより、早くシャワーを浴びなければ。タンスからパンツを取り出し、風呂場へと向かう。服を脱ぎ風呂場のドアを開ける。ちょうどそのとき、母親の弁当をつくる音がした。
風呂場から出るときに、シャンプーの香りが漂っている自分を嬉しく思った。
扉を開け、母親に
『おはよう。』
と、明らかに元気ではない声で言った。
『あら、恵斗おはよう!』
母親はいつもと変わらないテンションで返してくれた。
上下のユニフォームを着た後、その上からジャージを着た。そう言えば、もうそろそろ冬だからシャワーは控えないとな。一人で寒気を感じながら、ドライヤーで頭を乾かしていた。
その直後に扉を開けた恵斗の目の前には、輝く朝食が並んでいた。
母親は特にかわいいわけでもなく、スポーツも音楽も何もできない取り柄のない人物だったが、ご飯だけはとにかく絶品だった。あの亡き父ちゃんでさえも、結婚した理由の一つだとも言っていた。
朝からおいしい食卓を用意してくれたことに感謝しながら、ぺろっとたいらげた。
冷蔵庫を開け、牛乳を一気飲み。
『牛乳の一気飲みくらいで腹痛起こさないでよね。そんなんで負けるのなんて恥ずかしすぎるから。』
母のそんなのも無視して部屋に戻る。
時間を確認して、もうそろそろ出る頃だと頷く。
バッグをからって、引き出しに手を伸ばす。お守りをぎゅっと握りしめ、5秒だけ目をつむる。
よし!と、心の中で小さく呟き
『行って来ます!』
と母親に告げ、玄関の扉に手をかけ力強く開けた。
外の世界にはさっきとは比べものにならないほどの“光”が溢れていた。おいしい空気を思い切り吸い込み、笑顔で駆けていった。
二
会場の前に立ち、全体を眺める。これが俺の最後の舞台か。この三年間の集大成を見せるのにぴったりの場所だ。後は全力で走るだけ。
恵斗は、会場の中に入った。
まず控え室で荷物を置いてからが良いだろう。恵斗は荷物を置きに控え室に向かった。
控え室には名前の書いてあるロッカーがあった。もちろんその中から、〔赤城恵斗〕を開けた。
しかし、そのとき驚いた。ロッカーの中にはビデオテープとカメラが入っていた。もう一度閉め、名前を確認したが〔赤城恵斗〕だった。
もう一度開ける。何でだ?前の人の置き忘れか?とかいろいろ考えたが、とりあえず見ようという気になった。
テープをセットしてから電源を入れ、早速再生してみた。
映像は真っ暗な部屋に始まり、そこに一人の女が座っている。よく見ると、座っているというよりは縛られているようにも見えるが。
その女はこっちを悲しそうに見つめ、こう言った。
『助けて!!』
その声でピンときた。昔から仲の良かった小出真理だった。
なんでこいつが!?とも思ったが、嫌がらせではないのかと気にしないようにした。
シューズを持ち、グランドへの廊下を歩いていた時だった。