マラソン-3
三
出発地点には、〔第一区間 スタート地点〕と記されている。銃声と共に出発した恵斗は、腕の機械が19:59と表示されたのを見た。
これが、00:00になるまでには次の第二区間地点にいなくてはならない。
足の痛みと闘いながら、恵斗は走り始めた。
元々足が大丈夫かと心配していたところに、こんな追い打ちが来るなんて思ってもみなかった。そんな事をよそに、真理は自分の身の心配だけをしている。
少々痛い時間があったが、だんだん麻痺してきたようだった。おそらく、いまこの画鋲を引っこ抜けば半端ない痛みが襲ってくることだろう。
それから10分が過ぎ、腕のタイマーは09:47になっていた。
あと10分弱で第一区間を突破しなくてはならない。まあ、第二区間までは大丈夫かもしれない。しかし、第三区間〜第四区間が問題だろうと思う。
とりあえず恵斗は全力で走るのを止め、全てを20分でクリアできる最低限の力で走ることにした。
残り5キロ。ゆっくり走っても間に合うことだろう。
恵斗はきわめて同じペースで走り、見事に第一区間を通過した。
と、通過しとたんに、腕の機械の数字が20:00に戻り、彼女の足の縛られていたものがはずれた。
『やった!!あと三つ、頑張って!!!』
彼女は必死だった。もちろんそんなことは分かっている。だからこそこうやって頑張っている訳なのだから。
〔第二区間 スタート地点〕と記された看板を通過してから早5分が経過した。道は今までと変わらず平坦で楽だと思っていた。しかし、このマラソンがそんなに簡単なわけがなかった。
カーブを曲がった瞬間に、大きな上り坂が見えた。この痛さと闘いながらの坂道はとてもじゃないが耐えきれない。だが、やるしかない。
『赤城!!坂道でもペースを変えるな!!!』
ああ、監督か。いたのか。そうか、そりゃいるよな、監督なんだから。でも、全然気付かないのもなんかな。
監督はだらだら走る俺を怒りはしなかった。自分のペースを大事に、ただそれしか叫んでいなかった。
坂道は長かった。いや、正確に言うと、俺が長く感じただけなのかもしれない。生き地獄とはまさにこのことだな、初めて痛感した。
坂道を越えた所には水があった。少し、水があることにうれしさを感じつつ、恵斗は苦痛の表情を浮かべながら再び走り始めた。
恵斗は実力者だった。毎回のように3位入賞していたし、恵斗がペースを落としたところで、他の連中に抜かれたりすることはなかった。
それでも恵斗はいつもの倍遅く走っている感覚だった。
腕の機械はすでに11:44となっていた。恵斗は順調に進んでくれることを願った。しかし、そう上手くいくわけがなかった。
頭にトンと当たった。それを合図にしたかのように、一斉に水滴が連なって落ちてきた。
恵斗は中止になるんじゃないかと思っていたが、そんなことはなかった。雨になろうと何が起きようと、高校生最後の大会が中止になることはなく、中止になればいいなんて思ってる者なんて一人としていなかった。
果てしなく続くアスファルトの道は、いつしか土の道、いや泥沼の道へと変わっていた。
足下が安定せず、いつ滑ってもおかしくない。どうにか滑らないために自然と力が入る。力が加わった瞬間に、画鋲に突き刺さった足に激痛が走った。
そんなことはお構いなしに、雨はいっこうに止む気配がない。それでも、最初よりは弱まってきた方なのだが。
泥沼の道が続く中、ようやく〔第三区間 スタート地点〕という看板が見えた。どうやら、第三区間はアスファルトに戻っているようだ。
『やっと、、、、半分。』
そう、ここに来てまだ半分なのだ。恵斗はもうゴールしたくらいの時間と同じに思えた。
生まれて初めて置かれた状況が、こんなにも痛々しいものだったとは思いもしなかった。恵斗は何故かこのとき、母親を思いだしていた。
〔第三区間 スタート地点〕の看板を過ぎた時、またガチャリと音がした。
『右足もはずれたよ!後二つ、頑張ってね!!』
彼女の声が聞こえた時、少し元気が戻った気がした。まさか、こんなにも“あいつ”の事が好きだなんて。
恵斗は何故か、その一瞬からあの時のことを思い出していた。