マラソン-2
『振り向かずに聞け。』
ドスのきいた男の声だった。
『あの子が誰だか分かるよな。』
『さっきのビデオのことか!』
『騒ぐな。騒ぐとあの子がどうなるか分からんぞ。』
泣く泣く黙った。
『あの子はある場所に縛ってある。両腕に一つずつ。両足に一つずつ。その縛っているものを君の手で取り払ってもらいたい。』
『どこにいるのか分からないのにどうやって。』
『いいか、走る時にやらなければいけないことがある。それをクリアできればいい話だ。まず、第一区間〜第四区間までを通る際に、それぞれを20分で通過してもらいたい。それだけだ。それができなければ、あの部屋に毒ガスが流れる。それと共に、観客の座席に仕掛けられている爆弾が発火し、会場は火の海となる。』
言われれば言われるほどに緊張感が増すばかりだ。
『それでは、これを腕にはめてくれ。』
と言って渡された物を急いで腕にはめる。
『そこに彼女の今の状況が表示されるようになっている。』
見ると、先ほどの部屋に彼女が静まりかえって寝ている。こんな状況でよく寝れるもんだな、と思った。
『じゃあ、行け。』
ドンッ!と押されるようにして恵斗はグランドへと駆けていった。
グランドに出ると、すごい歓声が飛んでいた。友達や彼氏、家族。いろいろあるだろうが、俺を応援してくれる奴なんていない。
『頑張って。』
腕の機械から音声が流れた。真理の声だった。
『真理!』
『恵ちゃん!!』
どうやら、音声も通じているようだ。
『私、まだ死ねない!弟は一人じゃ何もできないし、お父さんも料理なんてできなんだよ。そうなったら、誰も家族を助けてはくれない。』
『分かってるよ!』
オマエの言い分ばっかり言うな。そう、言いたかった。しかし、今彼女の置かれている状況を考えると、何も言えなかった。
『絶対に、助けるから。』
『ありがとう。』
俺は、彼女が好きだったのかもしれない。だから、他人のためにこんなにも必死になれるのかもしれない。だが、今はそんな事は関係ない。ただ彼女を助けるそれだけだ。
向こうの彼女は泣いているようだった。おそらく、家族のこと、自分がこれから死ぬかもしれないことを考えていたためだろう。彼女の頭の中には、俺の事なんて入っちゃいないだろう。
そんなことばかり考えていると、時間が迫ってきていた。急いでウォーミングアップをすませ、スポーツドリンクを口に流し込み、準備が整った。
ジャージを脱ぎ捨て、ねんざしないように念入りに足首を回す。
準備万端になったところで、シューズを履き替えた。すると、急いでいた事もあり、気付かなかった俺が馬鹿なのかもしれない。これも奴の作戦なのだろうか。足からは血がだらだらと流れ、靴には“画鋲”が貼り付けてあり、とれない。
しかし、ここで棄権なんてできるわけがない。彼女を、真理を絶対に守る。そう決めたんだ。
自分に言い聞かせ、再びそのシューズを履いた。係りの人に言えば止めときなさいとか言われるのがおちだろう。黙って履くしかない。これしかシューズはないのだから。
もちろん激痛が走った、が彼女のためだと歯を食いしばり、一気に履いた。
一瞬でシューズがジュカジュカになった。足の下から常に激痛が残っている。こんな状況も初めてだし、こんな状況で走るのも始めてだ。
いよいよレースの始まりだ。
『位置に着いて、、、よーい、、パンッ!!』
発砲音が鳴り響き、高校生最後の地獄のマラソン大会が始まった。