やっぱすっきゃねん!VB-1
「バック!!」
ランナーは3塁を回った。センターの淳は、転がってきたボールを掴んでホームへと投げた。
微妙なタイミング。
達也は、ホームをブロックすると捕球体勢に入った。ランナーが滑り込む。ボールがミットに収まった。
ランナーの足がホームに触れた。タッチした達也のミットが高く上がった。
「セーフ!セーフ!」
主審の手は横に振られた。サヨナラ負けだった。
「ああ〜!負けちゃった」
佳代はベンチから判定を嘆いている。カバーに入った直也は、頭を垂れて肩を落とした。
4月に始まった強豪校との練習試合も7校目を迎えた。
青葉中の選手達は、冬の厳しいトレーニングと藤野一哉による“全国制覇”という刷り込みで、自分達はやれると思い込んでいた。
だが、それは大きな間違だったとすぐに思い知らされた。
初っ端。東海中との試合で個々の力がバラバラでは勝てないと。
自分達の失敗をようやく真摯に受け取めた選手達は、練習のひとつ々を試合の時と同じよう、真剣に取組みだした。
その結果は少しづつだが表れ始め、配球ミスや野手のエラーもグンと減り、相手チームと拮抗した試合を行えるようになった。
ようやく歯車が噛み合いだしたチームに、監督の永井他、指導者達は充分な手応えを感じていた。
1人を除いては。
それは直也だった。
東海中との試合で自分を見失って以来、本来の調子を取り戻せていない。
先発や中継ぎで8回の登板機会を与えられたが、未だ1度も勝てないままだった。
夕方。
練習試合を終えた青葉中の選手達は、帰路につくため親達や永井のクルマに乗り込む。
一哉も、自分のクルマに葛城と佳代を乗せようとした時、
「コーチ。ボクも良いですか?」
直也がそう言って近づいて来た。その目は、薄いベールに覆われたように表情が無い。今の心境を如実に表していた。
一哉は気づいたが、あえて触れなかった。
「ああ、乗れ。オレのは窮屈だからな」
「…すいません」
一礼した直也は、軽自動車以上に狭い後部座席に乗り込む。となりに佳代が座ろうとすると、
「…おまえ、くっつくなよ」
「仕方ないでしょ、狭いんだから」
直也は、サイドグラスに貼り付くが如く隅に避けながら、独り言を呟いた。