やっぱすっきゃねん!VB-4
「はあ、間に合った…」
「相変わらずおせーな。弟とはえらい違いだ」
淳の嫌味たらしい言葉に、部員達からクスクス笑う声があがる。
佳代はむくれ顔で淳を睨んだ。
「仕方ないでしょ、着替えるのに時間取られるんだから」
「だったら弟に起こしてもらえよ」
冗談ともつかない話を交していると、列の中から手があがった。修だ。
「…あの、橋本先輩。実はいつもボクが起こしてるんですけど、1回じゃ起きないんです」
瞬間、列の笑い声が大きく破れた。
「ちょっと修!アンタ、黙ってなさい!」
「…だって、本当のことじゃないか…」
誰もが声をあげ、手を叩いて笑っている。そんな中、佳代は耳まで赤く染めて俯いた。
(修のヤツ…帰ったら覚えてなさい…)
ひとしきり笑いが途絶えた頃、校舎から永井と葛城が姿を現わす。途端に、緩んていた部員達の雰囲気が緊張に変わった。
「おはようございます!今日も1日、宜しくお願いします!」
達也の号令の下、部員全員が声を揃えて一礼すると、永井と葛城も姿勢を正して頭を下げる。
「…今日は、レギュラークラスは守備連係を中心に。ピッチャーはノースローで。他は、2、3年生がサイドノック、1年生は……」
永井により、午後の練習内容が細かく伝えられる。その間、部員達は直立不動の姿勢で、ひと言々を逃すまいと聞き入っている。
「…以上だ」
言葉が止んだ。部員達は、永井達に一礼してグランドに散っていった。これから約70分間、朝の練習が始まるのだ。
8時20分。朝練を終え、部員達は部室に戻っていく。佳代も着替えに行こうとした時、永井が呼び止めた。
「放課後の練習だが、カヨ。おまえは別メニューだからな」
「…エッ?それって、話が違うんじゃないですか」
不満を露にする。永井は、気にした様子も無くポケットから紙切れを取り出すと、
「勘違いするな。おまえが考えてるのとは逆で、今日から筋力強化をやるんだ」
そう言って紙切れを渡した。
「筋力強化って…皆んなと違うんですか?」
今度は不安顔を見せる佳代。気持ちの変化に気づいた永井は、払拭するように微笑んだ。
「そのメニューは藤野コーチが考えたんだ。今まで以上に強い身体にするためにな…」
「そうですか…」
「おまえにとっちゃ“世界一の理解者”だ。お礼言っとけよ」
佳代が感慨深い表情で紙切れを見つめていると、今度は葛城が声を掛けた。
「それより!早く着替えないと遅刻よ」
「あっ!忘れてた」
佳代と葛城は慌てて保健室へと駆けて行った。
「…本当に、羨ましいくらいだ」
永井は後姿を眺めながらポツリと言った。