やっぱすっきゃねん!VB-16
「私は光陵高校野球部、育成コーチの河原歩だ」
一哉がすかさずフォローする。
「河原さんは、オレが高校時代の投手コーチでな。ご自身も大学で野球をやられてたんだ。
もっとも、あの頃は20代でバリバリの現役だったがな」
「“あの頃は”は余計だ!バカ野郎」
河原の豪快な笑い声が辺りに響く。喜怒哀楽のはっきりした雰囲気。佳代はすぐに好感を持った。
手を上げて河原に質問する。
「あの頃の藤野コーチって、どんな感じだったんですか?」
河原は親指で一哉を指すと、
「…痩せこけてて、目だけはギラつかせてな。野球をやらせりゃ全身バネみたいで…こんなヤツ初めてだった。
頑固者で、自分が納得いかないと先輩でも喰って掛かる。今はだいぶ丸くなったが……」
「河原さん、もうその辺で…」
一哉は、わずかに頬を赤らめて河原を止めた。初めて見た光景だった。
(へえ〜、コーチにもそんな頃が…)
佳代は、一哉の過去をもっと知りたいと思った。が、今日はそのためにここへ訪れたのではない。
ひとしきり挨拶を終え、3人はベンチへと案内された。
「ここで見てるといい。時々、ボールが飛んでくるから避けるんだぞ」
佳代と直也が腰掛けたのは、指導者達から少し離れた位置。ベンチの最前列。
「じゃあ、オレは帰る。夕方には迎えに来るから、練習をじっくり見てろ」
一哉は、そう言うと河原に頼んで帰って行った。
グランドに目を移す2人。部員達は、ウェイト・トレーニングを行っていた。
グランド隅に積まれた重さ20キロの土嚢を何個も使い、2人1組で様々なメニューをこなしている。
「直也、あそこ!」
佳代は、グランドを指差し直也の肩を叩く。その先には、土嚢を抱えてスクワットを繰り返す信也の姿があった。
「…兄貴」
「ホラッ、あそこも!」
再び指した先には山崎が頑張っていた。久しぶりに見た先輩に佳代は嬉しくなった。
対して、直也は複雑な心境だった。兄、信也が次々と練習をこなす様に、自分との違いを感じていた。
「…兄貴の練習なんか見て、何になるんだ…」
呟いたつもりの声。だが、河原には聞こえていた。
「川口直也!」
河原の荒ぶる声が直也にぶつけられた。途端に彼は身を縮ませる。
「おまえ、弟のくせに兄貴の様を感じていないんだな…」
河原は、ひと言そう告げた。その表情は、どこか寂しげだった。
その後も練習は続き、昼休みとなった。部員達はベンチに集まりだした。