私の存在証明A-1
細く艶のある長い黒髪はまるで絹糸、その黒髪は透き通るような白い肌にさらりと流れる。
濁りの無い、澄んだ大きな瞳はいつも細められ、虚空を見つめている。
いつも無愛想な癖に、今にも雨が降りそうな灰色の空の日に限って、少しだけ上機嫌。
――それが俺から見た平田遥香という存在。
「あー奏太また見てんのかよ」
不意に声をかけられて、此処が教室内だと思い出す。先程、定例の鐘が昼休みの始まりを告げたきり静けさを失った教室内は、それぞれが好き勝手に過ごしていた。
にやけ顔で小突いてくる友人を視界の端に捕らえながら、俺は適当な返事を返した。
「うっせぇな」
「あの人二年の先輩だよなー惚れてんの?」
「ちげえって」
高校に入学して一ヶ月程経つ。
いつの間にか常に連む奴も出来た。教室内の女子も上手いことグループが完成している。
退屈だけど、刺激もある毎日。すべては予定調和。
「綺麗な人だよなーなんつーかミステリー!」
「それを言うならミステリアスだろ」
力を込めずに、額にチョップを当てると、友人は満足げに他の集団へと姿を消していった。
いまいち理解出来ない友人なりの気遣いに溜め息をついて、先程から何も変わらない窓から見える景色に視線を戻した。
正確には、何を物思いに耽っているのか中庭に一人佇む人物に、だ。
「平田遥香」
その人物の名を呟いてみる。
俺とあいつが偶然にも同じ学校だと知ったのは、入学して一週間後。たまたま廊下で見かけたからだ。
あいつが俺にとって『姉』となる関係であることは誰にも言っていない。
第一正確に言うと、まだ戸籍上の繋がりはない。もともと挙式する予定のない親父達だったが、家族揃って住むようになっても親父が適当な理由を並べて入籍を後延ばしにしている。
親父は言わないが理由は多分……
『あの時』あいつに啖呵を切ってから、とりたてて変化は起こっていない。
唯一、親父の必死な説得により、あいつが高校卒業まではこのまま家にいることを了承した事くらいだ。
千夏さんはあいつの存在に目を逸らしたままだし、あいつもそれを黙認したまま。あの時だって結局、泣き顔のあいつに「ありがとう」と言われてそれきりだ。
一緒に暮らしていても、会話は無いに等しい。
いっそのこと、何も知らない振りをして放っておけばいいのに、気がつけば視線があいつを追っている。
緻密な歯車がゆっくりと狂っていくように、俺のペースを乱す存在。
「平田遥香」
俺はその存在の名を、意味もなくもう一度呟いた。