私の存在証明A-6
「それから……私を覚えていた頃のお母さん」
目を瞑り、天を仰ぐ。今こいつの瞳には、色褪せることのない懐かしい日々が映っているのだろう。
数秒程で目蓋を開け、俺に向き直った。
「好きっていう言葉が怖いの。言ってしまえば、その瞬間にそれが消えてしまいそうで」
「悪いけど俺、頑丈だから中々しぶといよ」
大して筋肉のついていない胸を張る。
俺の言葉にあいつは深呼吸を一つだけして。
「……奏太が好き」
言い終わる瞬間、キスをした。
触れるだけのキス。
そして、二人で照れ笑い。
唇に触れる柔らかい感触が、俺に教えてくれる。普段の無表情は造られたもので、本当は感情豊かにこいつは笑う。その姿はとてもいじらしくて、そして何よりも愛しい。
――そんな平田遥香という存在は此処にいる。
それから俺達はゆっくりと帰路を辿った。
「親父が心配してるかもな」
「俊博さんって心配性だよね、前から?」
「前から。小さいガキじゃねーんだから、ほどほどに……ん?」
―――光が眩しい。
それが車のヘッドライトだと気がついた時には、明らかに尋常ではない猛スピードで、車が迫っていた。
このまま進めば進路方向は、紛れもなく俺達のいる歩道。心臓が早鐘を鳴らし、危険信号をだす。
危ないと言葉がでる前に、体はすでにあいつをこの場所から押し出そうと動いていて――――
「奏太っ!!」
あいつの絶叫と衝撃音はほぼ同時だった。
今まで感じたことのない衝撃が襲う。
浮く体。
揺れる視界。
「かなた!かなた奏太っ!」
ボロボロに涙を零しながらあいつが叫ぶのがブレる視界で見えた。
無事で良かった。だから、泣かないでくれ。
俺はあんたにそんな悲痛な表情をさせたくはないんだ。
大丈夫
そう言いたくて唇を開いても、出るのはかすれたただの呻き声。
安心させたくても瞼が重くて、意識が薄れていく。
最後に見えたのは、あいつの後悔の念の浮かんだ泣き顔。
その表情は今にも『やっぱり』と言い出しそうで、違うと言いたかったのにそれは叶わないままに、俺の意識は深淵へと堕ちていった。
続