山茶花-1
師走。
山裾に冷たい颪が吹く。山肌に沿って流れる鉛色の雲がやけに寒々しい。
昨夜からの雪は、山頂を白い景色に変えた。
上へと向かう石段は長い年月を物語るように、くすんでいて、端の方は苔むしている。
私は1段1段を確かめるように登った。
周りの木々がザワザワと鳴いている。登りきった先に見える石碑の群れ。そこは墓地だった。
子供の頃、盆と彼岸には必ず連れられて来た場所。ここを訪れるのは10年ぶりだ。
久しぶりにウチの墓碑を見つめると、私の中に、感慨深いモノが湧き上がった。
『山茶花』
春風の舞う夜、家の中に温かな笑い声が響く。
「なんそれ!和哉、似合わ〜ん!」
初めて袖を通したスーツ。私の格好を見た姉の亜紀は思い切り笑っていた。
「しぇからしか!バカ亜紀が」
そんな姉に苛立ちを覚えた私。思い付く限りの悪態をついた。
「なんがバカね!アンタの格好見たら誰でちゃ笑うくさ」
私達の賑やかなやりとりを、父親と母親は黙って見守っている。
厳格な父、忠和。にこやかな表情の母、紀子。私にとって、かけがえのない家族。
そして最も疎ましい存在。
高校の頃から、心の奥で家族から離れたいという思いは次第に大きくなった。
明日、その日が訪れる。
早朝。
大きめの旅行鞄を抱えた私を、母と姉が玄関前先で見送った。
「…じゃあ、行ってくるけんね」
「身体に気ィつけんしゃいよ」
母の手が私の頬を撫でた。その感触は冷たく、がさついていた。
「何するとな、子供のごと。心配しなんな!」
気持ちとは裏腹の言葉を強い口調を言い放ち、私は母の手を掴んだ。
その手は、いつの間にか小さく痩せていた。
「行ってくるけん…」
私は新天地を求めて、今日、故郷を後にする。私にとって胸踊るような生活を夢見ていた。
最寄りの駅から中央駅に向かい、そこから数時間掛けて〇〇県へ。
就職先は、社員20人ほどの小さな貿易会社。だが、私は希望に胸を膨らませて列車に乗り込んだ。