やっぱすっきゃねん！Ⅲ②-7
「…アイツ、あんなに打てたのか？」
驚きの声をあげる直也に対し、達也は何かを見つけたように興奮している。
「この回チャンスだぞ！」
達也は、慌てたように永井に状況を説明する。永井は大きく何度も頷いた。
直也は、その様子を不思議に思っていた。
「何だ？突然…」
達也が嬉々とした顔で答える。
「あのピッチャー、先刻のバッティングで手首がまだ痺れてるんだ」
「なるほど…それで田畑が…」
「おそらく、２～３人は長打が期待出来るぞ！」
達也の意見を聞いた永井は、右狙いから強打にサインを変えた。 それを見た乾は初球を叩いた。打球は低い弾道でセンターへ飛んだ。東海中のセンターは全速で後方へ走る。
センターは右足で地面を踏み切り、グラブを大きく伸ばした。絶妙のタイミングでグラブにボールが収まる。背面キャッチだ。
捕球したのを見届けた田畑が、タッチアップで３塁に進塁する。
「さあ、頼むぜ！」
ベンチの声が足立に掛けられる。足立も乾同様、初球を狙った。打球はレフト前ヒットになり、田畑がホームを踏んだ。
「これで２‐５。３点差を一気に追い付くぞ！」
永井が檄を飛ばす。
ワンアウト１塁、打順は３、４、５番を迎える絶好のチャンス。直也は、右打席に入るとバットをひと握り余らせた。
（…オレも初球を狙ってやる）
東海中のキャッチャーは、直也の様子からサインを送る。ピッチャーが初球を投げた。外角、打ちごろのボール。直也は“待ってました”とばかりにバットを振った。
瞬間、ボールが沈んだ。それは１打席目よりも小さな変化で。直也は対応しようとするが間に合わない。鈍い打撃音を残して打球はセカンドの正面に飛んだ。
ライナーで掴んだセカンドは、素早くファーストへ送球する。１塁ランナーの足立は、直也が打った瞬間に飛びだしたため、ベースに戻れずダブルプレイとなった。
「ああっ！」
悔しさに顔を歪める直也。自分がチャンスを潰したことに我慢ならなかった。
結局、一気に追い付けるチャンスで１点に終わった。続く４回は東海中、青葉中のどちらも無得点で終わった。
そして５回表。直也が投げる最後のイニングを迎えた。ブルペンには、次のピッチャー中里がキャッチボールを始めていた。
「最初の１、２回は心配したけど、それ以降は本来の川口君に戻ったわね」
試合を見つめる葛城の表情には余裕が表れていた。