やっぱすっきゃねん!VA-11
「どうしたの?」
直也が口を開いた。
「オレさ…勝ちたかったんだ…兄貴みたいになりたいんだ…」
弟にのし掛かる兄の存在。同じ野球部のエースながら、兄は絶対的なモノを周りに見せつけていた。
佳代には、直也が急に小さくなったように感じた。
「これからだよ」
言葉に直也は佳代を見た。笑顔で大きく頷いていた。
「これから、エースとしてのアンタを周りに見せればいいじゃん」
「……」
「終わった事をくよくよ考えても仕方ないよ。次を頑張れるようにすれば」
佳代は、それだけ言うと“また明日ね”と帰って行った。直也は、見えなくなるまで後姿を見つめていた。
「まずはお疲れさまでした」
永井は、職員室のソファに腰掛けると一哉や葛城にペットボトルを渡した。
「しかし、東海中とは良い試合が出来ると思ったんですがねえ…」
冒頭、永井がそう切り出すと葛城も続いた。
「7点取られた際、確認や配球のミスなどバッテリー・エラーが、5回はありましたから…」
2人の間で試合のダメ出しが飛び交う中、一哉ひとりは異論を唱えた。
「私は別の意味で、今日の試合は意義有るモノと思いましたよ」
「エッ?」
永井も葛城も、声をあげて一哉を見る。
「例えば、直也は約5回まで投げました。投球数は90球あまり、与えたヒットは7本ですが、このうち配球ミスによるモノが4本、失投はホームランとシングルヒットの2本だけです。
言葉を変えれば、彼の精神力の弱さが露呈した試合でした」
一哉は、その後も各回におけるプレイを分析して、いかにチームとしてまとまりが無かったかを示し、その事が次のステップに向かわせるために、いかに役立ったかを永井や葛城に説いた。
その視点の違いに2人は舌を巻いた。
「中学生レベルですから、すべてを改善するのは無理です。だが、半分に減ってチームとしてまとまれば、県下でウチに勝てるチームは無くなりますよ。
今後は、お2人がこのことを念頭において指導して下さい」
2人は改めて藤野一哉という存在に感謝した。
「直也、今日はどうだったんだ?」
夕食時。テーブルのとなりにする兄、信也が弟に声を掛けた。
甲子園常連校には特待でなく、一般入学し、下から這い上がろうと必死の精進を続けている兄。そんな信也の顔が直也には眩しく思えた。
「今日はオレ、投げなくてさ…」
直也はそう言葉を濁すと、かき込むように食事を済ませてバスルームへと消えた。
湯船に浸かり、両手でお湯を顔に掛ける。
「…ダメだ…」
直也はポツリと言うと、湯船に顔まで浸かった。