Day before picnic-1
この世界のどこかには空を飛べる石がある。それを手に入れた人は、僕らの住むこの大地には居ない。彼らは空を飛び、大気圏を突き抜けて、もう物理学上不可能な速度で宇宙の果てへ飛び、宇宙の果てのその隣の島で暮らす。
皆がその石を見つけられるわけではないということを、もちろん僕らは知っている。だから、僕の周りにはこの大地から離れられずに暮らす大人たちがたくさんいる。トラックを運転したり、家を建てたり、薬を売ったりしながら生活している。
僕が七歳のとき、美術の授業で「空を飛べる石」の絵を描き、コンクールに入賞した。勿論誰もそれを見たことはないし、残念ながら教科書にも出ていなかったから、完全に空想で描いたものだった。
「コンクールで入賞したんだ」僕がそう言うと、父も母もとても喜んだ。
「でもさ、」と僕は言った。「もしも僕がその石を手に入れたら、僕は空を飛んで、宇宙の隣の島へ行く事になるから、そうしたらもう父さんとも母さんとも会えなくなっちゃうのかな?」
「そうかもしれない」と、少し考えた後で母は言った。「でもね、母さんも父さんも、メロウ。あなたが幸せになってくれればそれが一番いいの。それに、あなただって大きくなったら自立するのだから、そんなことは心配してはいけないわ」
「でも、僕は一緒にいたいよ。だからさ、ちゃんと三つ集めようよ。父さんの分と、母さんの分も」
「ありがとう。あなたは優しい子ね。でも、それはできないの。その石はね、自分で見つけなきゃならないの。難しい話になるんだけど。あなたが例えば石を二つ持ってきてくれても、あなたが石を見つけたその時点で、その石はあなたとしか結合できなくなるの。もしもその石を母さんや父さんにくれても、上手く結合できなくて、途中で飛べなくなって落ちてしまうか、下手をすると命にかかわりかねないの」
「よくわからないよ」
「自分の石は自分で見つけなきゃならないって事だよ」と父は簡潔に言った。
「じゃあ、早く探そうよ。父さんも母さんも、早く見つけなきゃ」
「父さんたちが先に見つけたら、メロウが一人になってしまうだろう?」と苦笑しながら父は言った。「だから、まずはお前が見つけるんだ。いいな?」
「うん。分かった」腑に落ちなかったけれど、僕はとりあえず頷いた。いい子だ、と父は僕の頭を撫でる。
毎日僕は空飛ぶ石を探した。学校へ行き、放課後に友達と裏山へ行ったり、川へ行ったりした。また、もしかしたら身近にあるのかもしれない、と思い、街を徘徊したりもした。でも、石はなかなか見つからない。一年が経ち、二年が経ち、三年が過ぎ・・・。そうして、石が見つからぬまま僕は中学二年生になっていた。
「なあ、メロウ。お前、進路どうするんだ?」放課後、教室を掃き掃除しながら友人が言う。
「俺は石を探すよ」
「高校にも行かないのか?」
「高校に行ったら、石を探す時間がなくなるじゃん」
「メロウは気楽で良いな」
「なんだよ。そういうお前は石を探さないのか?」
「勿論探すよ。でもさ、親がとりあえず高校くらいには行けってさ」
「ふうん。そういうもんかね」
僕は、義務教育を終えたらすぐに本格的に石を探そうと思っていた。そして、石を見つけたら、その方法を両親に伝え、仕事や家事の合間になんとか上手く石を探すための手助けをしようと思っていた。
だから、母の言葉には正直驚いた。
「高校くらいは出といた方がいい」