酔芙蓉(すいふよう)に酔い痴れて 〜結花編〜-1
あなたは『酔芙蓉(すいふよう)』という花をご存知でしょうか?
朝陽を浴びて咲いた、ハイビスカスに似た白い花。お昼を過ぎる頃にはほんのりとピンク色に染まり、夕方には、赤く色づいて萎んでしまう。
まるで、ど・こ・か・の酔っ払いさんのようでしょう?だから、『酔芙蓉』なんて名前がついたんですって。
「美咲、美咲」
「あっ、ママ。こっちこっち」
道路を挟んで向こう側から、長い髪を揺らして手招きをする娘。
慌てて近寄り、腰に手をやり仁王立ちになった私は、眉間に皺を寄せて、彼女を睨みつける。
「もぅ、勝手に道路を渡ったら危ないっていつも言ってるでしょう?」
そんな母親の心配なんて4歳の娘に伝わる訳もなく、掴んだブラウスの端をグイグイ引っ張って『こっち、こっち』と嬉しそうに私を誘導する。
「なになに?トンボとかバッタとか、ママ嫌だからね」
「違うよ、ほら、コレ」
幼稚園の制服のスカートを、秋風にヒラヒラと舞い上げながら、傾きかけた太陽に照らされた小さな手が、天を指す。
その人差し指の先を目で追うと、そこには、天高く伸びた枝々に、ほんのり赤く色付きはじめた『酔芙蓉』が咲き乱れていた。
「コレ、ママが大好きなお花だよね」
「…うん。よく覚えてたね」
私は、しゃがみ、えへへ…と笑う美咲を覗き込んで頭を撫ぜた。
「ママ。このお花ね、『すいふよう』って名前なんだって」
そう嬉しそうに話す、美咲の言葉に一瞬驚いて手を止めてしまう。
「美咲…。ママ、このお花の名前、美咲に教えたっけ?」
「ううん。ママじゃなくって、あの人に教えてもらったの」
美咲が、軟らかい髪を翻して振り返る。私の目の前を美咲の髪の毛が舞い、そして、指した指先に目をやった私は、凍りつく。
「隼人…?」
少し離れた木の下のベンチに腰掛けて、宙を仰ぎ見るその男の視線は、舞い落ちる落葉を軟らかい眼差しで捕らえていた。
「やっぱり…結花の子供だったんだ。すぐにわかったよ」
そう言って微笑んだその顔は、あの頃と何一つ変わってなかった。
「イイ男が一人でこんな所で何してるの?待ち合わせ?」
「あ?うん…結花は?幼稚園のお迎えか?」
動揺を隠すように、おどけて見せる私を、肩をすくめながら見つめ、ベンチに腰掛けて、隼人の横で足をブラブラさせている美咲に視線を落とし、目を細める隼人。
「今年も、また咲いたね」
酔芙蓉を見て、隼人。
「うん…そうだね」
酔芙蓉を見て、私。