酔芙蓉(すいふよう)に酔い痴れて 〜結花編〜-3
「今どうしてるの?まだ、あそこに住んでるの?」
「うん。去年大学を卒業して、今は企業戦士ルーキーだよ」
『似合わなねぇだろ?』と言い足し、胸元のネクタイを摘み上げながらハハハ…と子供みたいな笑顔を見せる。
『そうなんだ』と呟いた私もつられて笑ってしまう。
「でも、あの酔芙蓉、枯れたんだよ…結花がいなくなってすぐに」
そう言って、ゆっくりと瞬きをした隼人の視線が地面に落ちる。
ドキッとするほどの切ない眼差し。
酔芙蓉のなくなった、隼人の部屋の窓を想像して、胸がキュッと軋む。
「だからさ、よく外回りの合間にココに来て、コイツに癒してもらってるんだ」
すでに萎んで小さな林檎の実のようになってしまった酔芙蓉に目をやる。
「でも、よかった。俺、ほら、こんなんだからさ。俺がボォ―っとしてる間に、結花に辛い思いさせたんじゃないかと思ってずっと気になってたんだ。だから、結花がこうして幸せになってるのを見てほっとした。よかった。俺、結花が幸せならそれでいいんだ」
『俺、結花が幸せならそれでいいんだ』
何度も何度も聴いた言葉。
それは、彼の口癖だった。
彼は、まだ自分の『想い』に気付いていない。
本当に自分が愛しているのが、誰なのか…
だから、こうして私のことを想って『酔芙蓉』に拘っている。
私は、心臓を鷲掴みにされた気がして、もう、どうすることも出来なかった。
―バサバサバサ……―
その時、私の胸騒ぎに共鳴したかのように、寝床を求めて木の中に群れていた鳥が、一斉に飛び立った。
「うわぁっ!見て!!」
美咲が座っていたベンチから飛び降り、鳥の群れを指差ながら駆け出す。
『え?』と小さく叫んだ隼人が、美咲の指した空を見上げるのが早かったか。
それとも、何羽もの鳥が一斉に飛び立つ音を耳にしながら、コートの裾を翻し、ベンチに向かって体を傾けた私が、隼人の首に腕を回して、その唇に自分の唇を重ねてたのが早かったか……
それは、一瞬の出来事だったのか。それとも、私が感じたほど、長い時間だったのか……
ようやく唇を離し、体を起こした私の目に飛び込んできたのは、薄く唇を開いたまま、大きく目を見開いた隼人の顔だった。
私は、ハッと我に返っても、眼の前の、その愛しい顔から、目を背けられずにいた。
すると、隼人の手のひらがスッと伸びて、私の頬へと近づいてくる。
目を閉じる……けれども……
幾ら待っても、その懐かしい手のひらが、私の頬に触れることはなかった。
結局その手は、躊躇いながら、そのままハラリとベンチに落ちてしまった。
代わりに私の頬を撫でたのは、一筋の涙…
その涙の理由(わけ)は何なのか……
口に出せば、彼の人生を変えてしまうであろう、私が犯した大きな罪が、決して溶けることのない大きな氷の壁となって二人の前に立ち塞がる。